オスプレイの普天間基地周辺での運用に関する日米合意は以下の通りです。
外務省:日本国における新たな航空機(MV-22)に関する日米合同委員会合意
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/goui_120919.html 普天間飛行場における離発着の際,基本的に,既存の固定翼機及び回転翼機の場周経路等を使用する。運用上必要な場合を除き,通常,米軍の施設及び区域内においてのみ垂直離着陸モードで飛行し,転換モードでの飛行時間をできる限り限定する。(日米合同委員会合意
骨子(PDF)より)
垂直離着陸モード(ヘリコプターモード)は基地内と演習場内でのみ使用し、転換モードの飛行時間を出来る限り限定するとあります。これは転換モードで市街地を飛ぶ事を許容する内容です。オスプレイのヘリコプターモードとは「ナセル角度85度〜97.5度」の状態を指します。「ナセル角度1度〜84度」は転換モードに分類されます。下の図のピンク色の線が各モードの範囲です。

VTOL MODE (Vertical Takeoff and Landig mode) 垂直離着陸モード(ヘリコプターモード)
CONV MODE (Conversion mode) 転換モード(転換途中の状態で角度固定も可能)
APLN MODE (Airplane mode) 航空機モード(固定翼機モード)

転換モードの範囲はとても広くヘリコプターモードに近い角度では見分けが大変付き難く、ナセル角度85度と84度など見ただけでは判別は出来ません。転換モードは転換途中のナセル角度固定も可能ですが、合意には「転換モードでの飛行時間をできる限り限定する」とあるので長時間の途中角度固定は行わず、なるべく遷移のみとする方針です。
防衛省・自衛隊:
オスプレイについてから「MV−22の普天間飛行場配備及び日本での運用に関する環境レビュー最終版(2012年5月)」より、Appendix C:Aircraft Noise Study for the Basing of MV-22 at Marine Air Station Futenma and Operations at Marine Corps Facilities in Japan
(PDF:71MB)にオスプレイの普天間周辺の運用における離発着および場周経路のパターン9種類が記されています。これには飛行経路の図とどの地点でナセル角度を何度にするか記されています。普天間環境レビューは5月に発表された文書であり、9月の日米合意の結果が反映されていないので、参考程度に留めておいてください。
離陸に付いてはどのパターンでも直ぐに遷移が完了し、基地内で固定翼機モードまで転換し終えます。操縦マニュアルには「ナセル角度75度以下に倒す際には対気速度40ノット以上」が要求されますが、この図では77度で71ノット、70度で115ノットとあるので、75度近辺では80ノット前後は出すように設定されており、2倍の安全マージンを取っています。管制塔から風速風向の指示も出るので、モロッコでの事故のような離陸から速度不足の状態で転換飛行を行い墜落するような事態は先ず起こり得ないでしょう。
オスプレイの発進は他の固定翼機と同様に、普天間基地の南西端から行い北東に向かって飛び上がります。他のヘリコプターには離陸直後に旋回し北側へ抜けて行ったり、発進そのものを逆方向から行って離陸する経路がありますが、オスプレイには設定がありません。

「回転翼機の場周経路」とは他機種のヘリコプターと同様に、普天間基地の場内をヘリコプターモードで旋回する経路です。「固定翼機の場周経路」は他機種の固定翼機が取るのと同様な普天間周辺の旋回経路です。オスプレイが「回転翼機の場周経路」を周回している間はヘリコプターモードであることが確実なので、はみ出していれば合意違反と分かり易い点です。今のところはまだオスプレイによる回転翼機の場周経路の訓練は始まっていません。

着陸アプローチ寸前に基地外直ぐの場所でナセル角度87度以上になっている箇所が記載されています。基地施設外でのヘリコプターモードになりますが、これは環境レビューが提出された4ヶ月後の日米合意によって変更されるのか、それとも着陸アプローチにおける「運用上必要な場合」と見做されるのかはまだよく分かりません。なお転換モードの範囲であるナセル角度80度付近は基地よりかなり離れた状態でも行われます。このあたりのナセル角度はヘリコプターモードと誤認されやすいので注意してください。

オーバーヘッドブレイクという着陸前に旋回してから降りる方式です。

戦術航法装置(TACAN; tactical air navigation system)を使用した計器着陸方式です。地上局からの極超短波により距離と方向が伝わります。

着陸誘導管制(GCA; Ground Controlled Approach)という方式での着陸で、視界不良時に管制官の指示に従って降ります。
着陸経路に付いては、オスプレイは固定翼機と同様に普天間基地の南西から進入し北東へ滑走路を使う経路とブレイク(旋回)してから着陸の経路がありますが、ヘリコプターのような北東から進入し南西方向に降りたり、北側から進入したり、南東から一直線に進入し滑走路をほとんど使わず垂直に降りるという経路の設定がありません。普天間環境レビューでは離陸に付いても着陸に付いてもオスプレイは固定翼機と同じ経路を取る事が書かれています。オスプレイはCH-46ヘリコプターの代替でありながら飛行経路はC-130輸送機などの固定翼機に準拠するという変化により、騒音の分布が変わってくる事が予想されます。
なお「オスプレイは転換飛行時の遷移中に空力的に不安定になりやすい」と解説されることがよくあります。これは確かにオスプレイに限らず垂直離着陸機(推力方向を遷移する航空機)には全般的に言える話なのですが、オスプレイは試験飛行時代の4回と実戦配備後の3回の計7回の墜落事故のうち、実は転換飛行時の空力的不安定さが原因で墜落したのはモロッコの離陸時での1例のみです。そして離陸時ならば基地内で転換は完了するので、仮に同様の事故は起きても基地内で済みます。
1991年6月11日 ヘリコプターモード 整備ミスによる配線の逆接続 …デラウェア
1992年7月20日 転換モード オイル漏れによるエンジン火災 …バージニア
2000年4月8日 ヘリコプターモード ボルテックス・リング・ステート …アリゾナ
2000年12月11日 転換モード 油圧系統とフライトコンピュータの不具合と操縦ミスの複合 …ノースカロライナ
2010年4月8日 ヘリコプターモード 不明(操縦ミスないしエンジン不調) …アフガニスタン
2012年4月11日 転換モード 速度不足での転換飛行(操縦マニュアル違反) …モロッコ
2012年6月13日 転換モード(ナセル角度80度固定) 後方乱気流 …フロリダ
後方乱気流で墜落した2012年6月のフロリダの事故は、実はナセル角度80度固定での飛行であり遷移中ではありませんでした。ナセル角度80度は転換モードに分類されますが角度固定状態だったのでほとんどヘリコプターモードに近く、遷移中ではなかったフロリダの事故例を不安定とされる転換中の事故と説明するのは間違いです。実は意外かもしれませんが、着陸前の固定翼機モードからヘリコプターモードに遷移する途中の転換モード時に空力的な不安定さが原因で墜落した例はありません。ナセルを傾けた結果としてオイル系のトラブルが生じて墜落した例はあります。墜落事故はヘリコプターモードと転換モードで約半分ずつで固定翼機モードでの墜落は有りませんが、そもそも航空事故の8割は離着陸時に集中することを考えると、オスプレイが離着陸時に使うモードに事故の割合が多いのは当然とも言えます。
現実問題として、オスプレイは離陸時はともかく着陸時を基地内だけで転換し終えるのは無理です。滑走路の距離上では減速が間に合いません。普天間基地の立地条件では市街地上空をヘリコプターモードと転換モードの両方とも飛ぶなというのは不可能です。
A.「市街地をヘリコプターモードで飛ばない(市街地で転換飛行で飛んでよい)」
B.「市街地を転換飛行で飛ばない(市街地でヘリコプターモードで飛んでよい)」
どちらか片方なら運用次第で可能です。そして日米合意は「市街地をヘリコプターモードで飛ばない(市街地で転換飛行してよい)」を選びました。この理由は、
●離陸時なら基地内で転換飛行を終えることが出来る。
●着陸アプローチの転換飛行中に空力不安定さが原因で墜落した例はまだ一度も無い。
●転換飛行でナセルを立てた結果、オイル漏れが原因で炎上墜落した例はあるが、対策が施されて以降は同様例の墜落発生無し。
なお逆の「市街地を転換飛行で飛ばない(市街地でヘリコプターモードで飛んでよい)」を選択した場合の着陸方法は、
1.演習場ないし海上でヘリコプターモードにしてから基地に戻る。
2.固定翼機モードで基地上空に進入し、基地施設内だけでヘリコプターモードに転換、しかしそのまま着陸は間に合わないのでそのまま通過し、オーバーヘッドブレイクして周辺をヘリコプターモードで一周してから着陸する。
こちらを採用しなかった理由は、1は固定翼機モードより騒音の大きいヘリコプターモードで市街地上空を飛ぶ時間が長くなってしまう事、2は条件によっては転換し終えるのが難しい事です。なるべく本国での訓練内容に近くしておきたい上に騒音問題も考えると、この方式はマイナスが大きく、安全性の面でも特に有利な点が無いのでしょう。
日米合意はオスプレイの市街地での転換飛行を禁止しておらず、ナセル角度によってはヘリコプターモードと転換モードの見分けは付き難いので、合意違反かどうかの判別はなかなか難しいものとなっています。転換モードがナセル角度80度前後の状態の場合、ヘリコプターモードと誤認してしまう場合が有り得ます。