本題は、海上自衛隊のイージス艦の話です。
『ともあれ、ここまで読まれた読者の中には、
「海上自衛隊には、そんなすごいフネがあるのか。日本は大した国だ」
という感想を持つ方も、いるかも知れない。
しかし、この「飛行物体」が、弾頭に爆発物を搭載し、日本列島を直撃する軌道に乗ったならば、海自のイージス艦はどのような対処が可能なのであろうか。
正解は、「目下のところ手も足も出ない」である。
すでに見たように、この艦は空母を護衛する目的で開発されており、多数の対艦ミサイル(亜音速から、せいぜいマッハ二程度)が飛来する自体には対応できるが、はるか上空をマッハ五以上で飛んで行く弾道ミサイルを迎撃するようにはできていないのだ』 p99
『米海軍はまた、弾道ミサイル迎撃能力を持つとされる、改良型のイージス艦をすでに保有しており、二〇〇六年八月末には、横須賀に「シャイロー」が配備されたが、それなら、BMDに巨額の資金を投入し続ける意味はなんなのか。
もしかして、米国の真意は、建造中のイージス艦に目をつけ、より高価なシステムを売りつけることにあるのではないか』 p104〜p105
ここまで紹介した時点でもうお分かりでしょう。林信吾氏は自衛隊のミサイル防衛配備計画について碌に把握していない事が見て取れます。
まず、「建造中のイージス艦」とは3月15日に就役したばかりのDDG177「あたご」の事だと思います(「反戦軍事学」刊行時にはまだ建造中)が、「あたご」にはBMD能力を付与していませんし、その計画もまだありません。何故かというと「あたご」級は従来の「こんごう」級の改良型でヘリコプター格納庫を持ち、インド洋派遣等の海外遠征任務に向いている為、MD艦隊としての編成には入らない為です。
そこで自衛隊は、対弾道ミサイル迎撃の為に、「こんごう」級4隻のイージスシステムを最新型に改修し、対弾道ミサイル迎撃用のスタンダードSM-3の購入を行う事にしており、すでに発注をかけてあります。今
つまり、反戦平和派が「反戦軍事学」の記述を頼りにイージス艦を非難した場合、以下のように応射を喰らう事になってしまいます。
「弾道ミサイルを迎撃できない日本のイージス艦は役立たずだ」
↓
「今
「アメリカは新型イージス艦により高価なシステムを売りつける気だ」
↓
「システム改修するのは既存のイージス艦で、既に予算も下りてます」
反戦軍事学が如何に役に立たないか、如実に物語っていると思います。著者の林信吾氏は日本のミサイル防衛計画の配備予定について何も把握しておらず、想像と憶測で物を語っています。それどころか、仮想戦記小説紛いの空想まで披露している有様で・・・。
『たしかに、対抗手段はないよりあった方がよいだろうが、それならば、ロシアからS-300と呼ばれる迎撃ミサイルを買ってきて、日本各地のレーダーサイトやイージス艦とデータリンクできるよう、管制装置を改良した方が、ずっと安価で即効性がある。
実は、韓国が一時期、ロシアとの対韓債務とバーターする形で、このミサイルの導入を検討していたが、米国からの政治的横槍が入って、断念した事実がある。
このことと、前述の、イージス艦導入の過程などを併せて考えれば、BMDが日本の防衛のためと言うより、米国の軍需産業の利益を追求しているのだと、容易に想像がつくのではないか』 p104
兵器体系の全く異なる物同士でデータリンク、相互運用しろと? 無茶を言わないで下さい。システムのインテグレーションだけ見ても凄まじい手間が掛かりますし、勿論費用も天文学的なものになりますよ。どうして「安価で即効性がある」だなんて無責任な事が言えるのです? はっきり言ってそんな面倒な作業をするくらいなら、全く新しい迎撃システムを一から作り上げた方が早く安くできますよ。
第一、仮にそういったシステムが構築されたとして、アメリカがそんな代物に向けて早期警戒衛星(DSP衛星)のデータを送ってくれる筈が無いでしょうに。
S-300には確かに対弾道ミサイル迎撃能力を持ったモデルも存在します。ですが通常型は対航空機用です。これはパトリオットのPAC-2とPAC-3の関係に似ています。ただし直撃方式の為に小さなパトリオットPAC-3とは逆に、S-300のMDモデルは近接信管を持つ大型の爆砕弾頭方式で、ミサイル自体も通常型よりかなり大きいです。これはイスラエルのMD、アロー2と同様のコンセプトです。
韓国が導入を検討したS-300は通常モデルです。基本的には対航空機用で限定的な弾道ミサイルの迎撃能力もありますが、専用モデルと比べればオマケ程度の扱いです。実はパトリオットPAC2でも改良型のPAC2GEMから、限定的な弾道ミサイル迎撃能力を付与されています。そして・・・実はアメリカからの横槍など入っておらず、ロシアとの商談は進み、韓国はロシアから技術支援を受けてコピーモデルを共同開発する仲にまでなりました。
KMSAM(韓国中距離地対空ミサイル計画) - 日本周辺国の軍事兵器
KMSAMは50kmの射程を持ち、航空機だけでなく限定的に弾道ミサイルの迎撃能力も有する予定。ロシア製のS-300地対空ミサイルか、その発展型のS-400をベースに開発されるようだ。
モックアップを見れば分かる通り、どう見ても(形状は)S-300そのままです。本当にありがとうございました。韓国はこれを単独の兵器システムとして使うつもりで、弾道ミサイル防衛として全体のシステムに組み込むつもりが無いのです。単純に野戦防空ミサイルとして使うのであったら、別にそれでもよいわけですから。(追記:4月10日の韓国聯合ニュースによると、KMSAMを大型化して弾道ミサイル迎撃に使用する計画が進行中の模様。その際もレーダー等の警戒システムは既存のシステムに組み込まず、対弾道ミサイル用の新規開発となります)
追記:弾道弾の高高度迎撃ミサイル、独自技術で開発へ
軍消息筋が10日に明らかにしたところによると、弾道弾迎撃ミサイルの開発は韓国独自の弾道・誘導弾迎撃態勢開発計画の一環で、一種の高高度防空網体系だという。軍は2011年までに開発する中距離の地対空誘導弾の性能を計量し、弾道弾迎撃ミサイルとして利用する計画だ。弾道弾迎撃ミサイルのために地対空誘導ミサイルのサイズを拡大し、固体燃料を使い射程も高高度に上げる計画だと、この消息筋は説明している。正確な迎撃を目的に、長距離レーダーも開発する計画だという。
軍は弾道弾の早期警報レーダーを2012年までに空軍と国防科学研究所が共同開発する計画を策定済みで、今年は先行研究開発費として1億ウォンを投じる。
・・・以上のように、著者・林信吾氏のミサイル防衛に関する知識は滅茶苦茶で、S-300を導入しろという意見に至っては子供の思い付きレベルと言ってよく、とてもではありませんが参考になるような記述ではありません。そもそも技術的な説明が一切無いのですから。
さてこの章「イージス艦vs.テポドン」では、イージス艦の事を「完成した時には冷戦が終わっていて無用の長物になった」とし、前章で紹介した戦艦大和も引き合いに出し、弾道ミサイル防衛についても「完成した時には無用の長物になっている可能性すらある」と警告を発しています。
しかし一方で、イージス艦は日米以外にもスペイン、ノルウェー、韓国(建造中)が保有している事も紹介されています。林信吾氏は、この事についてまずおかしいと自分で気付かなければなりません。スペイン、ノルウェー、韓国は、日本のイージス艦導入の後に自国への導入を決めています。
もし仮に冷戦終結後の日本のイージス艦導入が愚考だというなら、何故これらの国が導入を決めたのか、考えなければならない筈です。答えは、簡単な事です。もうイージス艦は決して特別な装備では無いのです。各国からイージス艦に類する戦闘システムを有した艦が登場しつつあり、イージス艦も数ある選択肢のうちの一つ、という扱いになってきているのです。マスコミはイージス艦を何か万能の戦闘艦であるかのように書きたてますが、そのような作られた神話に惑わされないことを、お願いします。
またオーストラリアは弾道ミサイル防衛に使う名目でイージス艦の導入を決定しました。このように最初に使用条件ありきでどのような種類の戦闘艦を導入するか決める例は単純明快で、現状、この条件ではイージス艦しか選択肢がありません。イージス艦は弾道ミサイル迎撃能力を獲得する事で、もはや対艦ミサイル飽和攻撃の脅威が去った冷戦後の世界に置いて、新たな役割を得たと言える事ができるでしょう。