フレシェット弾という武器があります。英語で書くと「flechette」で、矢弾の事を指します。1発単体で発射する場合もあれば、1発の弾の中に多数を詰め込んでいるものもあり、発射形態もライフル弾や散弾銃のシェル、大砲の砲弾や航空爆弾など様々な方式があります。1発単体で発射するタイプは貫通力を重視したもので、1発の砲弾に多数のフレシェット弾を詰め込んだタイプは、榴散弾(弾子は球形)の一種の変化形として扱われます。フレシェット1発あたりを大型化すれば装甲目標にも通用しますし、小型のものは対人専用になります。
戦車砲弾の対装甲用APFSDSも矢型弾で、広義の意味ではフレシェット弾の一種ですが、一般的にはフレシェット弾とは呼びません。航空爆弾やライフル弾で使用されるものは一時期出現しましたが今は廃れており、現在使われているフレシェット弾は散弾タイプで、戦車砲の砲弾、航空機用ロケット弾の弾頭、散弾銃のシェルで存在しています。
ガザ攻撃 『フレシェット弾使用』 人権団体、戦争犯罪と非難:東京新聞
【ロンドン=松井学】国際人権団体、アムネスティ・インターナショナルは二十三日、イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザへの攻撃で非人道的な兵器と指摘される「白リン弾」や「フレシェット弾」を使っていたとする報告書を公表した。アムネスティは、一般住民が多い市街地での使用は「戦争犯罪」だと非難、国連安全保障理事会に速やかな調査を求めている。
報告は、イスラエル軍と、イスラム原理主義組織ハマスのいずれもが、外国製の兵器で市街地を攻撃したことを強く批判し、国連が兵器の禁輸措置を双方に課すことも求めた。
アムネスティは、イスラエル軍は白リン弾のほか、砲弾がさく裂する際に無数のクギ状の矢が飛び出す対人殺傷兵器フレシェット弾を使ったと報告。兵器の大半は米国から輸入されたと結論づけた。
イスラエル軍は先月、白リン弾の使用を認め、独自に調査を行うと発表しているが、戦争犯罪との批判には「兵器は国際法に従って使用している」と反論している。
ここでアムネスティが非難しているフレシェット弾は、戦車砲で発射するタイプの散弾型フレシェット砲弾を指します。砲弾の中に多数のフレシェット弾子が詰まっており、発射後に時限信管を用いて空中炸裂し、フレシェット弾子を撒き散らす対人兵器です。
アムネスティはフレシェット弾を非人道兵器と非難していますが、国際法に違反しない兵器である事も確かで、それはアムネスティ自身も認めています。その上で残虐兵器だと非難しているのですが・・・実はアムネスティを含め幾つかの団体はフレシェット弾の事を何年も前から、私の知る限りでは10年以上前から、恐らくはもっと以前から非難しているのですが、地雷廃絶運動やクラスター爆弾廃絶運動のように国際世論を喚起する事が全く出来ず、無視されているのが現状です。
どうして無視されているのかと言うと、フレシェット弾は大して効果的では無く、使い難くて、どうせ廃れゆく砲弾であるからです。大砲用としては一時期生産されましたが、もう既に生産されておらず、今ある砲弾の在庫が尽きれば消えて無くなります。簡単に言うと105mm戦車砲用フレシェット弾は存在しますが、120mm戦車砲用フレシェット弾は存在しません。105mm戦車砲は第二世代戦車で一般的な戦車砲で、現行の第三世代戦車は120mm戦車砲を搭載しています。つまりフレシェット弾は120mm戦車砲用には新たに開発されず、対人用にはフレシェット弾以外の新型砲弾を各国が開発中で、一部は既に実用化済みです。
アムネスティは報告書の中で、フレシェット弾は120mm砲から発射されるとしていますが、このサイズのものは存在しません。この事については現役軍事ライターの某氏とも話をしましたが、「120mmのフレシェット弾は聞いたことがないですね」と、アムネスティの報告に疑問を呈されていました。
(PDF) Fuelling conflict: Foreign arms supplies to Israel/Gaza | Amnesty International今回のアムネスティ報告書のPDFファイルにはフレシェット弾について「120mm shells」と明記されてしまっています。ですが検索してみれば分かりますが、フレシェット弾の戦車砲弾タイプは105mm砲弾しか見当たらない事がすぐに分かる筈です。細かいようですが、この事は重大な意味を持ちます。既に述べたとおり、120mmタイプが存在しないという事は、戦車砲弾用には新たに生産されておらず、既に生産が停止済みの種類の砲弾であるという事を意味しているからです。
そしてこのアムネスティの報告書のフレシェット弾に関する部分の最後には、このように書かれています。
「The weapon is not regarded as reliable or effective and gunners have a difficult time in aiming this properly."」
フレシェット弾は有効な兵器とは見なされておらず、照準設定に時間が掛かって面倒だ、と記載されているのです。これは時限信管の調整が面倒で使い難い兵器だと見なされているのです。
威力面についても問題があります。戦車砲用の105mmフレシェット弾M494 APERS-Tは、細長い矢弾は空気抵抗が小さく貫通力が高い事を利用し、弾子1発あたりを非常に軽く設定し、代わりに沢山の数を詰め込んで弾子密度を上げようとしました。しかし1発が僅か0.8グラムしかないそれはあまりにも軽すぎて、少し距離を飛べば威力が激減し、ちょっとした遮蔽物で防がれてしまい、完全に開けた野外でしかマトモに運用できない代物となっています。問題無く抜けるとしたら木の葉くらいで、木の幹や枝に当たれば威力を失ってしまいます。
また効果範囲は起爆後の弾子の最大有効射程が約300m、これが円錐状に広がって、円錐状の底部が約100mの範囲で広がります。つまり小さな角度で飛散していくわけで、これは塹壕や蛸壺に隠れた敵兵には全く効果が無いことを意味します。市街戦で言うなら建造物の陰に隠れた場合でも同じです。
この「飛散範囲の角度が小さい」という現象は、榴散弾でも見られますが、尾部の羽根で姿勢を安定させるフレシェット弾はより飛散角度が小さく、結果として曲射砲である榴弾砲にはフレシェット弾は殆ど普及しなかった理由(105mm榴弾砲用M546 APERS-Tが有るぐらい)でもあります。榴散弾は一時期に榴弾砲で広く使用されていましたが、ある時期を境に急速に廃れて、榴弾が全盛の時代が到来します。それは野戦で塹壕が活用され始めた時期です。榴散弾は普仏戦争のあたりまでは野戦砲の主力砲弾として使用されていました。この時の戦争は歩兵が隊列を組んで前進し、陣地も暴露状態であった為に、散弾効果のみで通用したのですが、日露戦争で強固な要塞を攻略するには大口径榴弾の直撃が必要である事が分かり、そして第一次世界大戦で塹壕線が築かれると、榴弾の直撃、あるいは榴弾の破片が効果的であると判明し、榴散弾は廃れていきます。
塹壕に隠れた敵を攻撃するには、当然ですが真上からの攻撃が必要になります。榴弾を直撃させれば問答無用で破壊できますが、それでは命中率が悪いので、地表炸裂は上部に蓋がある強固な陣地に使用し、無蓋の塹壕については砲弾の空中炸裂によって広範囲に真下に打撃を与えます。これを曳下射撃と言うのですが、これには榴散弾よりも榴弾の方が向いていました。榴散弾の内蔵炸薬は弾子を飛び散らせる為のもので量が少なく、弾殻を大きく破壊する力には欠けています。弾子を飛び散らせる速度も遅く、この為に弾子は砲弾自体の終末速度が大きく影響し、弾子の飛散角度は前方寄りの小さな角度に限定されますが、榴弾は大量の炸薬によって弾殻そのものを爆散させて破片とします。静止状態ならば爆風破片は球形状に広がっていきますが(正確には弾殻の薄い側面方向に爆風が伸びる為に素直な球形状とはならない)、破片の飛散速度は速く、これに砲弾自体の終末速度が加わって、飛散破片は大きな角度の範囲で広がっていきます。
つまり破片が飛散する角度の大きな榴弾は、真下の方向に打撃を与えやすく、弾子の飛散角度の小さな榴散弾は、塹壕攻撃に向いていませんでした。榴散弾で効果的な曳下射撃を行う為には、起爆前の砲弾自体の突入角度を大きくするしかありません。大角度で砲弾を発射すれば大角度で落下していきます。しかしあまり大きな角度で砲弾を発射すれば射程が短くなってしまいますし、前述のように榴散弾の弾子散布パターンは小さな角度の円錐状なので、砲弾自体を急な対地角度で使用する事は制圧面積の大幅な減少を招きます。90度の角度で真円状、角度が浅くなるほど大きな楕円形状で制圧面積が増大していきます。そもそも榴散弾とは浅い着弾角度で使用すべき砲弾で有り、曲射砲には向いていない種類の砲弾だったのです。
この動画はPhunで曳下射撃を表しています。UP主さんは「どちらかというと榴霰弾かな」と説明されていますが、実際の榴散弾よりはかなり大きな角度の弾子散布パターンです。
散弾タイプのフレシェット弾は、榴散弾と基本的な概念は一緒です。弾子の形状を工夫しているのが違いで、本質的な用途には変わりがありません。そして既に述べたとおり、戦場では榴散弾は廃れ、同様に散弾型フレシェット弾も廃れつつあります。戦車砲弾用はもう消えていく運命にあり、航空機用ロケット弾の一部や、警官が使う散弾銃(ボディアーマー貫通用フレシェット弾)などの一部の用途で残っていくばかりとなっています。
しかし冷戦終結後の現代では、大規模機甲師団の激突よりも対テロ戦闘、治安維持で戦車の対人戦闘が重要視され、新たな戦車砲弾用の対人攻撃弾が開発されています。フレシェット弾は効果的では無いと判明したため、120mm戦車砲弾用に新たに開発されたM1028キャニスター弾は、対人散弾へと回帰しました。時限信管は組み込まず、砲口から飛び出た直後から飛散し始めるショットガンタイプの砲弾で、1発あたり約10グラムのタングステン製ボール弾を約1100発内蔵しています。
ただしこの砲弾は対テロ戦争を意識したものというよりは、朝鮮戦争で中国軍の取った人海戦術を意識したもので、1994年の朝鮮半島核危機の数年後に在韓米軍方面から開発要求が出されています。後に105mm戦車砲弾用に同種のM1040キャニスター弾が開発され、ストライカー装甲車の機動砲タイプに搭載され、イラクに送り込まれました。ライフル弾よりも重いタングステン製ボール弾子の威力は大きく、近距離ならばブロック塀も破壊できる打撃力を有しています。また信管の調整が必要無く、接近戦での即応性にも優れています。イスラエルはM1028とM1040の両方を所有しており、更にキャニスター弾子を非致死性スタン弾に置き換えた低致死性砲弾を開発中です。
またフランスはノルウェーと共同開発で戦車砲弾用にHE弾(通常榴弾)を開発、ルクレール戦車に装備しています。西側陣営では、HEAT弾が出現してから戦車砲弾用にHE弾は見られなくなった時期がありましたが、再び脚光を浴びて復活しつつあります。
ドイツやアメリカでは空中炸裂させる際の時限信管へのデータ入力を瞬時に行える砲弾を開発しています。レーザー測遠器のデータから目標との距離を算出し、時限信管の起爆タイミングの数値を瞬時に計算し、砲弾の信管へ自動で入力を行い、即応性を高めています。この砲弾は空中炸裂だけでなく、着発炸裂、遅延炸裂などの数種類の起爆モードを選べる多機能弾として開発されています。アメリカで開発中の物は120mm戦車砲弾の「XM1069 LOS-MP(Line of Sight Multi-Purpose)」と呼ばれる多目的榴弾で、前述のM1028キャニスター弾が果たす役割も取り込んでおり、このLOS-MP弾が完成すればM1028キャニスター弾は必要無くなる予定です。
そしてイスラエルでは戦車砲弾用のクラスター砲弾を開発しています。APAM(Anti-Personnel/Anti-Materiel)は6つの子弾を内蔵しており、空中炸裂、着発炸裂、遅延炸裂の三通りの起爆モードを選べ、着発と遅延では子弾を撒かずにそのまま通常榴弾として機能します。最初に開発を終えた105mmタイプでは時限信管の設定は手動入力でしたが、開発中の120mmタイプでは自動入力になっています。
このように、対人用には新たな砲弾が開発されており、戦車砲弾用フレシェット弾は時代遅れの遺物と化しつつあります。フレシェット弾の時限信管も全自動入力にすればもう少し使い勝手が良くなりそうですが、それを行う動きもありません。新しい技術を得て榴弾と散弾が復活し、フレシェット弾は消え去りつつあります。在庫のフレシェット弾は古いもので、もう暫くすれば使用できなくなります。
その時、アムネスティを始め各団体は、新たな種類の砲弾を非難するのでしょう。クラスター砲弾のAPAMあたりは狙われそうですし、キャニスター弾も難癖を付けられる事になるでしょう。APAMもキャニスター弾も既に実戦に投入済みですが、彼らはまだ気付いていません。
一つ、彼らに問いたいのですが、通常榴弾は問題にせずに何か特殊そうな砲弾ばかり問題視する事には何か意味があるのですか? 私には、通常榴弾の進化形であるXM1069LOS-MP弾による、FCSと連動した時限信管全自動数値入力によるエアバースト砲撃の方が、最も効果的な対人砲撃だと思えます。APAMはクラスターとはいっても子弾は僅か6発に過ぎず、単弾頭との差はあまりありません。アメリカ軍はLOS-MP弾が完成すればキャニスター弾はもう生産しないでしょうから、未来の戦場で使われるであろう対人攻撃用の戦車用砲弾は、これが主流になる事はほぼ間違いないでしょう。その時、榴弾を問題視してこなかった人達は、基本的な構造が榴弾であるLOS-MP弾をどう認識するのでしょうか?
おそるべき残虐兵器フレシェット:アムネスティ・スタッフブログ非難対象の兵器の実際の能力を無視あるいは無理やり誇張して残虐兵器とレッテルを貼るのは簡単ですが、そんなことばかりしていると、そういった手法では非難できない新兵器(それも殺傷効果が高い)が出て来た場合、何も言えなくなってしまいます。
兵器そのものが違法なのでは無く、使用手段が違法なのだと言うのであれば、兵器単体を残虐兵器と糾弾するやり方はどうかと思います。それが本当に残虐であるなら良いのですが、何でもかんでも安易に残虐兵器呼ばわりする行為は止めて、慎重に対象を検証して欲しいものです。
例えば反戦平和団体が良く引用するフレシェット弾の解説図があるのですが、大きな間違いがあります。


上の二つの画像は、前者が
英紙ガーディアンの記事、後者が
英BBCニュースの記事からです。二つとも良く反戦平和団体のサイトで引用されていますが、明確な間違いが幾つも散見されます。まずイスラエル軍が使用しているフレシェット弾は戦車砲用のM494であり、榴弾砲用のM546ではありません。またM494のフレシェット弾子は1発0.8グラムで5000個内蔵、M546の弾子は1発0.5グラムで8000個内蔵です。ガーディアンもBBCもM546を解説している時点で間違いですし、M546の弾子を5000発としたBBCはM546の解説としても間違っています。両社ともM494とM546を混同しています。二つの図を並べて紹介しているサイトも多いのですが、M546を解説しているのに片方が8000発、片方が5000発という時点でおかしいと思わなかったのでしょうか。ガーディアンは
FASの「M546 APERS-T 105-mm」の記事を参考にしているようですが、解釈を間違えています。FASのM546の記事にある
左側の解説図には「105mm HOWITZER」と明記されています。「HOWITZER」、ハウザー(ホイツァー)とは、榴弾砲の事を意味します。イスラエル軍が使用した戦車砲弾用とは別物なんです。
またBBCとガーディアンの二つの図は共通の間違いがあります。レシェフ社のオメガM127電子時限信管の位置説明がおかしいです。M127信管は弾頭部にあり、弾底を信管としている両図は間違いです。弾底部のその部分は、曳光剤が詰まっている部分です。良く考えてみれば分かる事です。APERS-TのTとはトレーサー(Tracer)、つまり曳光剤の事を指すのですから。

レシェフ社の公式サイトから
「Reshef - Products - OMEGA M127 Electronic Time Distance」を見れば分かりますがこれは弾頭に装着する信管です。当たり前の話ですがタイマーを調整する時にはこの位置に無いと無理です。弾底部はその後ろに薬莢が装着されているのですから、どうやって弄るのですか?(レシェフ社のサイトも、M127をちゃんとTank fuseの項目に入れておきながらRocket fuseと間違った記述をしているウッカリした個所もありますが、全体の説明で間違いは無いです)
イギリスの著名メディアが揃って間違えているというのも凄い話です。これを鵜呑みにしてしまった反戦平和団体を責めるのは酷かもしれませんが、今後は注意して資料を集めて下さい。とはいえ私がこの件に気付いたのも、今回の記事を書く途中で前述の現役軍事ライター氏と情報交換している最中にようやくという有様で、「そうだ信管の生産メーカーのサイトを見ればハッキリするよ」と思い立つに至るまでは結構な時間が掛かりました。しかしマスコミならそのくらいの仕事はしてほしいです。そうでないと大勢の人が勘違いしてしまうのですから。