防衛省 クラスター弾禁止に危機感 代替兵器 予算要求へ|赤旗 8月13日
日本は現在、(1)車両から発射する多連装ロケットシステム(MLRS)用のM26ロケット弾(2)戦闘機から投下するCBU87B(3)大砲から発射する155ミリ多目的りゅう弾(4)ヘリから発射する70ミリ対戦車ロケット弾―の四種類のクラスター弾を保有しています。防衛省は、このうち(1)(2)の代替として、子爆弾を持たない単弾頭型の爆弾を検討しています。
この情報は他の大手紙に先駆けて、日本共産党の機関紙である赤旗が報じています。実は赤旗は軍事関連の報道に力を入れており、思想面でのバイアスが掛かった内容を無視して事実関係に絞ってみれば、意外と正確で早かったりします。嘗ては90式戦車の試作車両をスクープするなど、敵国ソ連を利するスパイ行為まで働いていた赤旗は、動機は不純ですが力の入れ具合だけは本物です。とはいえ今回の記事内容は基本的に防衛省発表に基づくもので、大手紙も書こうと思えば書ける筈でした。しかし他には一切の反応が無く、情報の第2陣は北海道新聞でした。
道内配備のクラスター弾 単弾頭化研究へ 防衛省が概算要求|北海道新聞 8月26日
防衛省は二十五日、道内などに配備するクラスター(集束)弾の処分要領を策定し、来年度の概算要求に調査・研究費など数十億円を盛り込む方針を固めた。単純に廃棄するだけでなく、一部は単弾頭化して再利用することで、処分費用の圧縮につなげる。
特に真駒内と北千歳、上富良野の道内三駐屯地を含む全国五駐屯地に配備する多連装ロケットシステム(MLRS)は、六百個以上の子弾を内蔵、他のクラスター弾と比べ殺傷能力が著しく高いため処分技術の研究を優先し数年内に廃棄か単弾頭化する。処分プラント建設や海外企業への処分委託も検討する。
この数日後に毎日新聞が記事を書いています。
概算要求:防衛省がクラスター爆弾代替整備費など計上|毎日新聞 8月29日
防衛省は29日、09年度予算の概算要求の内容を決定した。クラスター爆弾禁止条約への署名を控え、陸上、航空両自衛隊が保有しているクラスター弾の廃棄方法の調査費2億円▽代替措置として、子爆弾をばらまかない単弾頭のロケット弾などの整備費73億円を計上した。
しんぶん赤旗は8月12日までの政府の方針を元に自力で取材した内容を肉付けした記事を書き、北海道新聞は8月25日までの情報で記事を書いています。毎日新聞は8月29日に政府が決定した内容を簡素に記事にしています。これを見ると赤旗の取材の力の入れ具合が分かります。一方、毎日新聞の記事はどの新聞でも書ける内容です。しかし報道すらしていない産経新聞や読売新聞は、この話題には興味そのものがあまり無いのでしょう。朝日新聞はWeb記事はありませんが30日付の紙面で載せています。軍事評論家の神浦元彰氏が自サイトで朝日新聞の該当記事を紹介しているので、それを更にこちらでも見てみましょう。
防衛省概算要求 クラスター弾対処に着手 調査費など計上(朝日 8月30日朝刊)|神浦元彰 最新情報8月分
代替兵器としては、陸自の5部隊に配備されている多連装ロケットシステム(MLRS)のクラスターロケット弾(子弾644個内蔵)は、子弾のない単弾頭のロケット弾を導入するために約57億円を計上。空自の戦闘機に搭載するクラスター爆弾(子弾202個内蔵)に換えて、精密誘導でピンポイント攻撃が可能なJDAM爆弾(レーザー誘導)を約17億円で導入する。
上の引用部分は朝日新聞の該当記事のところです。ちなみに神浦さんの解説部分がリンク先の8/30の後半にありますが、何時ものように間違いだらけなので気にしないで下さい。取り合えず朝日新聞記事の気になった点は・・・
>JDAM爆弾(レーザー誘導)
これ単純に「JDAM爆弾(GPS誘導)の間違いですよね、この記事を書いた朝日新聞の記者が中途半端な軍事知識しか持っておらず、精密誘導兵器=レーザー誘導と勘違いしたのだと思いますが・・・しかし逆にある程度の知識がある人はこの記述を見て深読みして勘違いするかもしれません。
「まさか空自はLJDAM(Laser JDAM)の導入を? 最新鋭機材じゃないか!」
実はGPS誘導のJDAMに更にレーザー誘導キットを取り付けて、GPS誘導もレーザー誘導も両方出来る「LJDAM」という物があります。逆にレーザー誘導爆弾のPavewayにGPSユニットを加えた「Enhanced Paveway」という物も有ります。とはいえ知る限り航空自衛隊にLJDAM導入の話は出て無いので、朝日新聞の記事が間違っているだけだと思います。
なおどうしてこのような物が作られているかと言うと、GPS誘導とレーザー誘導では一長一短があり、それを補う為に複合しているわけです。単純に点目標を狙うだけならどちらも出来ます。その場合は投下後に照準を行い続ける必要のあるレーザー誘導よりも、投下後は発射母機が自由に逃げる事の出来るGPS誘導のほうが有利です。しかしGPS誘導は移動目標の攻撃には向いていません。GPS誘導だけで移動目標を狙う場合、目標の未来位置を予測せねばなりませんが、レーザー誘導ならば目標が移動していても、単純にレーザー照射し続ければ当たります。また細かい箇所(建造物の窓など)を狙う場合もレーザー誘導の方が向いています。GPS誘導では座標を割り出す必要があり、建造物の座標は分かっても窓の座標を正確に把握するのは困難です。
航空自衛隊はレーザー誘導爆弾の導入をこれまで行っておらず、対地攻撃用の誘導爆弾はGPS誘導のJDAMだけでした。今回のクラスター爆弾廃棄の決定で、JDAMを更に導入するという決定だけのようです。レーザー誘導爆弾の導入を行う気が無いのは、命中までレーザー照射を続ける必要性があり、生存性が低くなるのを嫌っているようなのですが(他にGPS誘導爆弾の方が3分の1以下のコストで済むというのもある)、それならばGPS誘導の滑空爆弾や赤外線画像誘導の対地ミサイルの導入を図っても良いものなのですが、今回はそれらよりも陸上自衛隊のMLRSの弾薬を何とかするほうが先であると、見送られました。
新型普通爆弾(XGCS-2)|Missle&Arms
自衛隊は滑空式の精密誘導爆弾を既に研究しており、予算さえ付けば量産も可能なのですが、研究のみで終わっています。クラスター爆弾廃棄の決定でXGCS-2が復活するかとも思っていたのですが、そうはいきませんでした。
なおアメリカ軍の滑空誘導爆弾「AGM-154 JSOW」もそうですが、この種の誘導型滑空爆弾は1発数千万円のコストが掛かり、ミサイルよりは安いのですが、自由落下方式のレーザー誘導爆弾やGPS誘導爆弾よりは高いです。この辺りも導入が進まない理由の一つではあります。なおクラスター爆弾のコストはJDAMよりも安価でした。
>子弾のない単弾頭のロケット弾を導入する
MLRSについては、赤旗や北海道新聞、毎日新聞の情報を見ても分かるとおり、クラスター弾頭の単弾頭化を計画しています。しかし初期に導入していた弾薬は固体ロケットモーターの劣化も進んでいますから、あまり古いものは単弾頭に改造してもそうは持ちません。故に改造するのは調達年度の若い物で、古い物は廃棄していきます。
それならば単弾頭化と並行してGMLRSのM31ロケット弾を新規購入すべきなのですが、GMLRS計画は米英仏独伊の共同開発計画でそれぞれの国が出資金を出しており、計画に参加していない日本が購入しようとしても後回しにされてしまいます。またGPS誘導の為には座標データを弾頭に入力する必要があり、発射機の改修を必要とします。クラスター弾の廃棄決定も急な話だった事もあり、今はそれだけの予算が組めないので、取り合えず既存のM26クラスター・ロケット弾を単弾頭化することを優先になったようです。
陸上自衛隊もこれでは代替にならないことを分かっている筈です。単純な単弾頭化で無誘導ロケットのままでは、クラスター弾頭で無くなった事の差をカバーできないので、誘導タイプの単弾頭を調達する必要性は認識している筈です。しかしM31の導入の話はあまり出ない・・・以前、クラスター弾の規制が論じられる前の時点ではGMLRS導入の話はチラホラ出ていたのですが、最近は聞きません。
もしかすると暫くはM26の単弾頭化で凌ぎ、将来は国産の精密誘導ロケット(既に知能化弾システムの研究は為されている)を装備していく計画なのかもしれません。