私の知り合いである原子力技術者「へぼ担当」さんに無理を言ってお願いし、mixi日記からの転載を許可して頂きました。
【以下、本文】
---団藤保晴氏 「日経電子版の客寄せ特ダネ、いただけない素人騙し」の言説を検証する---
団藤保晴氏による
「日経電子版の客寄せ特ダネ、いただけない素人騙し」
http://blog.dandoweb.com/?eid=91592 であるが、以下見過ごせない点が多い。個人的には趣味ではないが、事実誤認などがあまりに酷いため、その間違いを以下に指摘し、団藤保晴氏の言説を検証することとする。
>「ゲイツ、原発挑戦の真相」へと読み進ませて、原子力分野の素人さんには大変な原発が出来ると大いなる幻想を持たせたと思います。 『原子力分野の素人さん』とは我々専門従事者が絶対に口にしない禁句であり、まかり間違っても、そのような失言を行えば、団藤氏のような新聞記者によって、『専門家の思い上がり』と徹底的に批判されるところ。
では、『原子力分野の素人さん』ではない「らしい」団藤保晴氏の言説を以下に検証してみることとする。
1.核融合と核分裂の違いは無視? >これが簡単に出来るくらいなら核融合実用化の大きな障害がひとつ取り除けるのだと申し上げたら、いかに困難な話なのか理解していただけるでしょう。 残念ながら読み進んで行かなくても、この時点で団藤保晴氏は核分裂炉と核融合炉では一体何が違うのか、特に中性子のエネルギーについて全く理解していないがために、以下の言説がほとんど全て間違っていることが、この時点で既に予想することが出来る。
確かに核融合炉に限らず、原子炉・核融合炉に用いられる原子力用材料では
「原子炉内で中性子照射に対する耐久性」
が問題になるのは明らかである。
ただし、肝心なことはその中性子が一体どのような物なのか。相手を把握しなければ全く意味をなさない議論となる。
本来なら、当該中性子の持つエネルギーに対する材料の感受性(専門用語では核反応断面積)を考慮しなければならないし、我々専門従事者にとってはそれが大前提のものとなる。
しかし、ここはさわりとして極めて単純化した議論を行うこととする。
中性子照射による損傷(ダメージ)は、核反応断面積が不変という極めて単純化した場合としても、
A.材料に当たる中性子のエネルギー
B.材料に当たる中性子の量
に依存するのは誰の目にも明らかである
ところで、核分裂反応で発生する中性子のエネルギーは「2MeVを最大」
(注:実際には1MeV前後でピークとなるが、核融合炉との比較目安として保守的な値を用いる事とする)
とし、その下は引きずるような形で中性子のエネルギー分布を形成する。
一方、核融合炉におけるD-T反応である
D + T → He + n (14MeV)
で発生する中性子のエネルギーは「14MeV」と、核分裂反応における最大の7倍にも達する。
ここで野球のボールを中性子になぞらえて、ピッチャーの投げるボールで考えてみる。
高校の初等物理学で習うように、運動エネルギーは速度の二乗に比例する。そのため、運動エネルギーで7倍の差があると、速度はルート7≒2.65倍異なることとなる。
つまり、核分裂反応の最大のエネルギーである2MeVが、仮にプロ野球超一流ピッチャーが投げる時速150kmのボールだったとすると、核融合炉では最大でその2.65倍、つまり時速約400kmとプロペラ飛行機なみの早さとなり、同じ土俵で野球など、とても成立しないことが分かる。
すなわち団藤氏の言説は、プロ野球で時速約400kmもの剛速球を投げるピッチャーが存在し、それで同じ野球が成立する、と豪語しているのと同じ事である。
この有様では、「材料に当たる中性子のエネルギー」だけを考えただけでも、団藤氏の言説は失当であることは明らかである。
本来は、これにその球数(中性子の当たる量)、打者の打率(中性子核反応断面積)を考え合わせなければならないが、野球で言うピッチャーの投げるボールの速さを考えただけで破綻してしまう言説は、さすがに如何なものかと考える。
2.「エネルギー=出力×時間」の物理原則を無視? >協力を求められた東芝の「小型高速炉(4S)」はナトリウム冷却高速炉ながら、出力1万キロワット級とコンパクトさが売り物です。小さいが故に中性子の発生も少なくて、核燃料体交換無しに30年運転をうたいます。 さらっと記載されているが、東芝の「小型高速炉(4S)」の特徴・特性を全く理解していないどころか、高校生レベルの物理すら理解しているか怪しいことが、この言説で読み取ることが出来る。
そもそも、核分裂でも何にしても発生するエネルギーは、「出力×時間」の積であるのは、高校1年生レベルの初等物理学でも理解すべき事項である。
そして、核分裂反応によって発生する中性子の量は、その核分裂数に比例し、エネルギー(注:出力ではない)もそれに比例するのは明らかである。つまり、「出力」が小さくても、その発生「時間」が長ければ、それだけ多くの中性子が発生することは明らかである。
一方、団藤氏の当該言説は「原子炉出力」にとらわれて「小さいが故に中性子の発生も少なく」としているわけであり、当該炉における生涯のエネルギー発生量に思いが至っていないこと。
すなわち、初等物理学でも理解すべき出力とエネルギーの関係を理解していないことが、ここで明らかである。
3.そもそも「原子炉」の何処の部分(材料)を問題にしたいのか? >ところが、今回取り上げられた米テラパワー社の「TWR」は10万〜100 万キロワット級といいます。これで100年間連続運転すると原子炉は膨大な中性子線を浴びます。 簡単に「原子炉」と記載されているが、「原子炉」のどの部分
(原子炉炉心を構成する核燃料等なのか、それを取り囲む原子炉(圧力)容器なのか、それともその他であるのか。)
を指すのか、問題にしたいのか、全くここでは理解できない記載である。
4.革新的原子炉CANDLEへの無理解
4.1 「炉の材料」って燃料被覆材のこと? > その「革新的原子炉CANDLEの研究」はウランを「いっきに40%燃焼した場合、一般に使用されている材料では持たない。材料を変更し、温度を下げることによりこの燃焼度を達成することも可能であるが、温度を下げることは原子炉の性能を落とすことに繋がることから、ここでは、被覆材への高速中性子の照射量が限界になる前に被覆材を交換する方法を採用する。この作業は高い放射線レベルで行なうことになる」と記述しています。
>炉の材料がもたないから途中で交換する訳です。 ここでようやく「炉の材料」という言葉が登場する。
CANDLEを引き合いに出した段階で、善意に考えれば、
「被覆材への高速中性子の照射量が限界になる前に被覆材を交換する方法を採用する」
と有るように、団藤氏はここでは「核燃料被覆材」を問題にしたいことが、ようやくここで分かる。
<もっとも先の部分では行き詰まるため、ここではわざとぼやかしているのかも知れないが、団藤氏が意図するごまかしについては、簡単のため、まずはここでは触れないこととする。>
しかし、核燃料の被覆材が原子炉における連続燃焼に耐えられないのであれば、現存している大半の軽水炉発電所(日本国内にある大部分の原発)やその他の発電所(もんじゅ)、研究炉のように
「核燃料を覆う被覆材を、核燃料丸ごと交換すれば良いだけ」
の話である。
もっとも、日本国内に現存する原子炉では、核燃料被覆材の材料的限界を迎える前に、核燃料が燃え尽きて使えなくなる(燃えなくなる)ために、その限界を迎えることなく、トラブル無く交換されている。
つまり、大多数の原子炉では
>炉の材料がもたないから途中で交換する 訳ではなく、燃料被覆材(一般には燃料被覆管)の限界を迎える前に、核燃料の寿命が来るように設定・設計している。
そして、それが何らかの原因で破損でも起こさない限り、核燃料の核的寿命(反応度)が残っているのに、それをわざわざ残して交換するような、もったいないことは行っていない。
当たり前ではあるが、それを行えば高く付くだけで、不経済そのものである。
4.2 そもそも団藤氏はCANDLE技術を全く理解していない? さらに言うのであれば、団藤氏はCANDLE技術の神髄である、以下の記載を意図的に無視しているか、それとも全く理解できていないこととなる
団藤氏の紹介による「革新的原子炉CANDLEの研究」
http://www.spc.jst.go.jp/hottopics/0905nuclear_e_dev/r0905_sekimoto.html の本文には、最も肝となる以下の記載がある。
「燃焼が進んで、燃焼領域が炉心の端まできた場合は、図5に示すように燃焼済領域を取り除き、燃焼の進行方向に新燃料を加える。こうすると CANDLE燃焼を再開できる。」
つまり、団藤氏の言う「炉の材料」のところである「核燃料被覆材」は、CANDLE技術では
「『もたないから途中で交換する』のではなく、核燃料被覆材が持たなくなるまで(=寿命を迎えるまで)燃焼済領域を取り除き、燃焼の進行方向に新燃料を加えて、CANDLE燃焼を再開することで『使い回す』」
わけである。
すなわち、この点において現状の使用済核燃料とともに核燃料被覆材を処分する方法に比べて、核燃料被覆材を使い回すという合理性がCANDLE技術には存在する。
<更なる革新性がCANDLEには存在し、くだんのTWRでもそれこそが神髄であるが、団藤氏の言説がそれ以前の時点に留まるため、ここでは割愛することとする。>
しかし団藤氏は、団藤氏自身にとって都合の良い点である
>炉の材料がもたないから途中で交換する という誤った結論(ミスリード)を導き出したいために、CANDLE技術の例を持ち出し、あろう事か継ぎ接ぎを行って、自説
(=そのような原子炉は成立しないとの主張)
に都合の良い点を持ち出したことは、ここで明らかである。
以上より、CANDLE技術を良く読めば、CANDLE技術では団藤氏の主張である
「炉の材料がもたないから途中で交換する」
訳ではないことは明らかである。
そして、団藤氏は自説に都合の良いように当該論文の抜き取り、継ぎ接ぎを行ったか、CANDLE技術の肝心要の部分を意図的に無視したか、それとも元々全く理解できていないことも明らかである。
これは科学を語る際に、絶対に行ってはいけないことであり、科学を扱うジャーナリストとして、団藤氏は完全に失格と言える。
5.まとめ > 言われるように100年間も連続運転して中性子線に耐える材料は、核融合炉開発で求められているものに近いのです。 先の1.で言及したとおり、中性子照射に耐える材料開発は必要であるが、それに求められる条件は全く異なる。よって上記の言説は失当。
> もし耐えたとしても高度に放射化して非常に厄介な存在に化します。 原子炉材料(核燃料被覆材や原子炉容器材料他)の放射化
(注:全ての原子核が放射化されるわけではない!)
は確かに問題であるが、それ以上に放射能そのものである「核分裂生成物」をガラス固化体等で安定化させている事実は、一体どのように考えるのか。
私個人は放射化の問題を矮小化するつもりはないが、原子炉の運転で必ず発生する使用済核燃料と、核分裂の結果発生する核分裂生成物に言及せずして、放射化の問題のみを取り上げる態度は、不誠実と評価されても仕方がないのでは?
> これくらいは少し原子力を取材していれば見えてきます。 以上の通り、どうしても気になる点だけを列挙しても、団藤氏の言及部分はほぼ全て失当、もしくは資料の歪曲、誤解または曲解でしかありません。
よって、団藤氏が見えていると豪語する
「これくらい」
は、本小文で「完全否定」されるほどのものであり、この程度の理解で原子力を
「理解した気になって」語ることは笑止、と言うのが、私個人の正直な感想です。
だからこそ、団藤氏の一連の原子力に関する言説は問題だらけであり、真正面から論評する価値を見いだすことが出来ないものと愚考します。
個人的には、いくら団藤氏が特オチを日経新聞に許したからと言って、その焦りのあまり、定評のある研究成果を継ぎ接ぎしたり、自己の未熟な知識をさらけだしたりするのは、格好の良いものではなく、科学を語るジャーナリストとしては失格である、と考えます。
なお、上記小文についての文責は全て私個人にあり、私個人の勤務先、所属学会他の見解を代表するものではないことを、最後にお断りしておきます。
皆さんは如何お考えでしょうか。
【転載終了】
以上、現役の原子力技術者「へぼ担当」さんの指摘でした。