これまで、フィクション小説の間違いを名指しで批判する事はやって来ませんでした。上手く嘘を書く事がフィクション小説の醍醐味であり、間違いを突っ込むのは野暮なことだからです。勿論、嘘を嘘と分かって計算ずくで狙ってやったものと、単に無知から来るミスでは全く意味が異なってきますが、やはりフィクションである以上はそれを信じ込む方が悪いので、無知から来るミスであろうと放置してもそれほど実害はありません。ただし、ある有名作家の書いた小説を端に発する「90式戦車の底は河原の石に当たったら破れてしまう」という誤解のように、それを信じ込んでしまう人達が大量に生み出され、もはやデマの流行に近い状態になってしまった事があるように、場合によっては真面目に間違いを正す必要が生じるケースもあります。
さて、以下はそれとも異なるケースです。問題となる小説は、「無責任艦長タイラー」などの代表作で知られる小説家の吉岡平氏の最新作「突入! 痛戦車小隊」です。
表紙 | 小説の紹介 |
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| 突入! 痛戦車小隊
吉岡 平 (著) 野上 武志 (イラスト) 価格: ¥ 1,050 新書: 320ページ 出版社: 朝日新聞出版 ISBN-10: 4022739231 ISBN-13: 978-4022739230 発売日: 2009/9/18 寸法: 17.2 x 11.2 x 2.2 cm
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吉岡平氏は、巻末の後書きでこう述べています。305〜306ページより。
自衛隊といえば90式! 間違ってもTK-Xではない。正式採用する前から陳腐化しているような戦車(ひょっとしてこの戦車、90式よりも先に退役するやも)に、自分の老後の国防が託されるかと思うと暗澹たる気分になってくる。こんなものに税金使いやがって! タミヤも間違っても、TK-Xのキットは出すなよ。いや、どこの模型メーカーも、射出成型(インジェクション)で出す価値なし。こんなものは、ガレージキットだけでじゅうぶんじゃ。
……と、ひとくさり怒りをぶつけてみたが、思えばTK-Xに失望したことが、自分の中ではこの作品を執筆する原動力になったような気がする。そう思えば、TK-Xにも幾分かの価値を見い出せよう―なんて、聞き分けのいいことは言ってやらない。大人げないと言われようが、どこまで嫌いなものは嫌いなのだ。
実際にこの小説では作中でTK-Xが失敗作扱いされて描かれています。このように現実世界の批判を行う為に作中に登場させた対象を叩くという手法、これ自体は結構よく見かけるもので、小説や漫画、ドラマや映画などで実在の政治家や国家をモデルにして風刺する場合があります。この場合は対象がたまたま新型戦車TK-Xだったわけですが・・・吉岡平氏は、小説内でTK-Xを悪く書くだけに止まらず、巻末の後書きで現実世界のTK-Xに対して散々な批判をされています。そしてその内容は悉く出鱈目な主張であり、看過する事は出来ません。後書きのそれはフィクションだという言い逃れが出来ない部分です。
故に、この場で吉岡平氏の痛いTK-X批判に対し、全て真面目に反論を行っておきます。小説内のTK-Xの描写については一切触れません。巻末の後書き部分で現実世界のTK-Xに対して触れた部分についてのみ、問題とします。吉岡平氏がTK-X嫌いなのは個人の趣味です、それは別に構いません。ですが出鱈目な事を吹聴されるのは大変に迷惑です。
それでは、始めましょうか。巻末の後書きから、冒頭の305ページより。
作中でもちょこっと触れたが、陸上自衛隊の新戦車TK-X(順当にいけば、10式戦車ってことになるのかねぇ)には失望した。凡庸な性能。スタイリングが酷い。主砲も従来のまま。そりゃまぁ、キューマルのバックアップで、なおかつ不況の折、防衛予算を圧迫しないという理由があるにせよ、二十年近く前に制式採用された戦車に見劣りするって、正直いかがなものかである。これが携帯電話やデジカメならば、二十年前はおろか半年前のスペックでも存在意義はゼロであろう。いや、存在意義ならわかっている。90式には渡れなかった橋が渡れて、90式を載せられなかった貨車やトレーラーに載せられる。極言すれば、それだけの戦車である。
×主砲も従来のまま。
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○TK-Xには新設計の44口径滑腔砲が用意されています。
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「新戦車TK-Xの火力は90式戦車よりも強化される」×90式戦車のバックアップ。
↓
○TK-Xは90式戦車のバックアップ用ではありません。
×二十年近く前に制式採用された戦車に見劣りする。
↓
○TK-Xは90式戦車に劣る要素は存在しません。
TK-Xは決して凡庸な性能ではありません。スタイリングが酷いというのは個人の趣味でしかないので、そういう感想は御勝手に。大方の評判ではスタイリングにケチを付ける声は少ないですけどね。TK-Xの最も大きな要素は国内インフラ事情に合わせた戦略機動性の向上にあるわけですが、近隣の中国でも新型戦車開発計画「0910工程」に置いて、前作の99G式戦車(54トン)が重過ぎて国内では使い難いので、50トン以下の重量とする軽量化コンセプトを打ち出しています。
(2009/09/28)
中国次期戦車0910工程とTK-Xの類似点 奇しくも、ライバルとなるであろう二つの国の新型戦車が同様のコンセプトで作られ、時期を同じくして登場するという状況となっています。これまでTK-Xを批判する人の中で、中国の0910工程に触れた人を一度も見たことがありません。是非とも0910工程の存在を彼らに教え、感想を聞いてみたいところです。
次に305ページ後半から306ページ、既に紹介している部分ですがもう一度詳しく挙げておきます。
正式採用する前から陳腐化しているような戦車(ひょっとしてこの戦車、90式よりも先に退役するやも)に、自分の老後の国防が託されるかと思うと暗澹たる気分になってくる。こんなものに税金使いやがって!
×正式採用する前から陳腐化している
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○TK-Xには戦車搭載型としては世界初となるアクティブサスペンションやHMT無段変速トランスミッションが採用されており、世界の最先端を行く装備が付与されています。
×ひょっとしてこの戦車、90式よりも先に退役するやも
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○全ての面で90式戦車を上回っているTK-Xが何故そのような事に?
どうして新型戦車が既存の戦車よりも早く退役する事になるのか、理解できない発想です。重大な設計ミスでもない限り、そのような事は有り得ない筈ですが・・・次に306ページ、後半部分です。
思えば韓国はいいなぁ。K2『ブラックパンサー』はTK-Xの百倍いいぞ。おまけに最近の韓国陸軍は、ロシアと蜜月関係にあるようで、互いに技術提供はおろか、中古のロシア戦車が配備されている。あのねぇ、かつては大韓航空機を撃墜された間柄でしょうが……。そう言ってみても、自衛隊にロシア戦車が配備される可能性はまずもって絶無なわけで、マニアとしては非常に羨ましいぞ。いっそ、次期主力戦車は韓国との共同開発というのもアリかも。少なくともTK-Xを造るよりずっと少ない予算で、より多くを調達できるはずである。そうですねぇ、チェ・ジウに女性陸上自衛官のコスプレをしてもらって、お返しに、藤原紀香か上戸彩か香椎由宇に、韓国女性士官のコスプレをしてもらうということで……。
×K2「ブラックパンサー」はTK-Xの百倍いいぞ。
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○どこが百倍良いのか具体的な個所を提示して見せて下さい。
韓国の新型戦車XK2は技術的に注目すべき部分が何もありません。既存の各国の技術の寄せ集めに過ぎず、韓国の独自要素というものが何も無いからです。とはいえ、それは仕方の無いところで、韓国初のK1戦車が設計はアメリカで行われており、改修型のK1A1で設計の練習をしたとはいえ、実質的にはXK2戦車が韓国初の自主設計戦車となるからです。韓国の独自要素が出てくるのは次に開発する戦車となるでしょう、現状では他国の模倣の域を出ないのは仕方が無い事です。
×韓国陸軍は、ロシアと蜜月関係にあるようで、互いに技術提供はおろか、中古のロシア戦車が配備されている。
↓
○韓国陸軍に配備されたT-80U戦車は、既にお荷物と化しています。
借金のカタとして戦車を現物支給された韓国ですが、今になって問題が生じています。輸入品の整備用パーツが満足に調達できなくなり、稼働率が大きく下がってしまったのです。今年8月に朝鮮日報がこの問題を記事にしています。整備体系が全く異なる旧東側兵器を少量導入しても、満足に戦力化することは困難な話で、これを教訓に韓国では、国産兵器の調達を重要視すべきという意見が強まりました。
そもそも「蜜月関係」というのは、インドのようにロシアからT-90戦車のライセンス生産を許可されたくらいのケースを言います。ライセンス生産が出来ればパーツ供給不足に悩まされる事も無くなります。インドは更にロシアと新型戦車を共同開発する約束も取り付けています。
×いっそ、次期主力戦車は韓国との共同開発というのもアリかも。少なくともTK-Xを造るよりずっと少ない予算で、より多くを調達できるはずである
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○韓国に何か日本に提供できる独自技術があるのですか?
技術的に組むメリットが無い以上、金銭的な面での援助くらいしか韓国と組むメリットがありません。ですが、戦車開発でロシアと組んだインドや、中国と組んだパキスタンのような誠実な態度を韓国に期待する事は無理です。技術面で韓国は誠実な国ではありません、確実に日本から技術を盗もうとしてくるでしょう。そのデメリットを考えた場合、予算面での援助があってもマイナスにしかなりません。よって、仮に軍事技術で韓国と組む事が将来あっても(武器輸出三原則が緩和されても)、既に枯れた技術要素の案件でなければやらない方が賢明でしょう。
それでは最後に、306〜307ページから・・・
いや、最初は冗談で書いているうちに、なんだか実現しそうに思えてきた。思えば自衛隊も自国開発にこだわらず、どんどん世界から戦車や装甲車を輸入すべきである。少量ずつ、いろいろな国からおいしいところをつまんで、実験部隊を編成すればいい。個人的には、陸自仕様のチェンタウロ(日本には、装輪車体に105mm砲を搭載した威力偵察用の車両がないからね。必要ないんだけど……)なんか、見てみたいところではあります。
×最初は冗談で書いているうちに、なんだか実現しそうに思えてきた。
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○目を覚まして下さい。
×個人的には、陸自仕様のチェンタウロ(日本には、装輪車体に105mm砲を搭載した威力偵察用の車両がないからね。必要ないんだけど……)なんか、見てみたいところではあります
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○「機動戦闘車」の開発計画を知らないんですか?!
装輪車体に105mm砲を搭載した威力偵察用の車両なら、国産開発計画が持ち上がってるんですが・・・
吉岡平氏は、防衛省が公式発表している情報を何もチェックしていないのですね。チェックしていたら機動戦闘車の事は把握していないとおかしいですし、こんなセリフは吐けない筈です。という事は、TK-Xに関する公式発表も何も把握されていないのでしょう。だからTK-Xが90式戦車を全ての面で上回る事や、世界初の技術が搭載されている事も知らないのでしょう。
吉岡平氏は思い込みだけでTK-Xを憎んでいるとしか思えません。このような後書きを誰も止めなかったとは、小説の売り上げにも大きくマイナスとなるでしょうに・・・