北朝鮮はテポドン2の発射に続き、二回目の核実験を行い、周辺地域の軍事的緊張を高めています。我が国はこれに対応し、新たな軍備を調達し新たな手段を得ようとしています。これまで対北朝鮮を理由にミサイル防衛のような防衛的装備が配備されてきましたが、新たに敵基地攻撃能力の獲得が提言されました。敵地へ侵攻し目標を破壊する装備を調達せよ、というのです。
防衛大綱・自民素案「北策源地攻撃に海上発射の巡航ミサイル」:産経新聞
年末の防衛計画大綱改定に向け、自民党国防部会がまとめた素案概要が25日分かった。4月の北朝鮮弾道ミサイル発射を受け、海上発射型の巡航ミサイル導入など敵基地攻撃能力の保有を提言。米国を狙った弾道ミサイルの迎撃など4類型について政府解釈を変更し、集団的自衛権の行使を認める方向性も示した。
政府は敵基地攻撃は、敵のミサイル攻撃が確実な場合は憲法上許されるとするが、北朝鮮まで往復可能な戦闘機や長射程巡航ミサイルがない。素案は弾道ミサイル対処で、ミサイル防衛(MD)システムに加え「策源地攻撃が必要」と明記。保有していない海上発射型巡航ミサイル導入を整備すべき防衛力とした。
MDでは、自前の早期警戒衛星開発やPAC3より広い空域での迎撃が可能な「THAAD」(高高度地域防衛)システムの導入検討を提言。公海上に展開するイージス艦防護を念頭に、公海上の自衛隊艦船・航空機への不法行動にも武器を使用して対処できるよう検討することなどを打ち出した。
素案は日米協力や国際貢献のため、(1)公海上での米軍艦艇防護(2)米国を狙った弾道ミサイルの迎撃(3)駆けつけ警護(4)他国部隊の後方支援−の4類型について、集団的自衛権行使に向けた国民理解を深める必要性を強調。複数国による戦闘機などの共同開発を視野に武器輸出3原則を見直し、米国以外の企業とも共同研究・開発、生産を解禁する考えを示した。
記事本文にあるとおり、提出時期的にこの素案は北朝鮮の核実験を踏まえたものではなく、テポドン発射までを踏まえた内容のものです。あくまで提言の段階に過ぎず、防衛大綱に反映させる事が決定ではありませんし、第一その前に総選挙があるので与野党が引っくり返れば白紙となるものです。
ミサイル防衛については新たに「THAAD」の導入が提言されており、日本のMD計画の方針としては初めてその名が出てきました。もっと以前から導入する話は出ていましたが、マスコミが報じたのはこれが初出です。
また武器輸出三原則の緩和については、日米で共同開発中のMD計画「SM-3Block2」が関係してきます。日本は既にF-2戦闘機をアメリカと共同開発する際、武器輸出三原則を緩和していますが、F-2戦闘機自体は日本のみが配備調達する機材でした。しかしSM-3Block2は日本とアメリカが配備する他にオーストラリアが調達予定であり、新たにイスラエルも調達する可能性があります。現在のシステムのままだとイージス艦を保有している国以外には配備できませんが、「地上配備型SM-3」という計画案もつい最近になって提案されており、これが実現化すればSM-3を調達しようとする国は更に出て来る可能性があります。そうなると日本が開発に携わった兵器があちこちの国に売られていく事になるので、F-2戦闘機の時よりも更に武器輸出三原則を緩和する必要性が出て来ているのです。
MDを理由にした集団的自衛権の行使の問題については、これもSM-3Block2が関係してきます。どのみち、北朝鮮からアメリカ本土に向けて発射される弾道ミサイルは北極圏付近を通過していくコースになるので、日本が配備予定のMDでは位置的に迎撃する事は不可能ですが、ハワイやグアムに向けて発射される弾道ミサイルならば日本上空を通過するコースを通るので、最大迎撃高度が高いSM-3Block2ならば条件次第で撃墜することが可能ではないかと思われているからです。開発中のSM-3Block2の性能は今だ謎に包まれていますが、Block1よりも2倍以上の最大射程・射高を持っていると推測され、最大射程(水平距離)1000〜2000km、最大射高(高さ)500km以上と予測されます。
北朝鮮からハワイを射程に収める弾道ミサイルは射程7000kmの準ICBMであり、最大到達高度は約1200km、日本上空付近を通過する際は高度500〜800kmを飛んでいく為、日本海に前進配備したイージス艦ならば僅かながら迎撃のチャンスが生まれます。グアム向け弾道ミサイルならば射程3500kmあれば届くので、このギリギリの性能の弾道ミサイルならばSM-3Block2による迎撃が十分に可能ですが、ハワイ向け用の準ICBMをロフテッド軌道(極端に高い弾道軌道)でグアムに撃ってきた場合は対処が困難になります。
何れにせよ、基本的にIRBM(中距離弾道ミサイル)までの迎撃を想定しているSM-3Block2にとって準ICBM(大陸間弾道ミサイル)との交戦はよほど好条件でないと難しく、日本付近での中間迎撃はアメリカとしてもあまり期待はしていないでしょう。むしろ弾着地点付近で待ち構えて迎撃した方が対処し易いように思えます。或いはSM-3Block2は将来、更に格段の性能向上を遂げる計画があるのかもしれませんが、現時点では北朝鮮の脅威とMDを口実に政治的な要求を通そうとする要素が強く、技術的に本気でアメリカ(ハワイ、グアム)向けの弾道ミサイルを撃墜する気があるのかは見えてきません。
さて前置きが長くなりましたが、肝心の「MDに加え策源地攻撃が必要」という部分、具体的には海上発射型巡航ミサイルが上がっていますが、敵基地攻撃能力の整備についての話になります。
「策源地」とは本来、前線に物資を送り込む後方の補給拠点を意味します。しかしこの素案で使われているのはもう少し広い意味で、「攻撃しようと準備している場所」の事を指しています。敵国が弾道ミサイル等を日本に向けて撃とうと準備している場合、これを攻撃して脅威を排除する事は自衛権の範囲内であり、憲法に抵触しないと国会で答弁したのは1956年、当時の鳩山一郎首相です。しかし専守防衛の理念とぶつかる考え方の為、自衛隊はこれまで本格的な敵基地攻撃能力の獲得は行ってきませんでした。
それを今になって、北朝鮮の核とミサイルの脅威を背景に、弾道ミサイルの脅威を排除する手段として検討しようという動きです。ただし、これが弾道ミサイルの脅威を排除する主役には成り得ません。あくまでMDが主役であり、敵基地攻撃能力はその補佐、或いは弾道ミサイル以外の脅威を排除する手段として獲得する能力です。
弾道ミサイルを発射前に叩く事では防ぎきれない前例として、湾岸戦争での「スカッド狩り」が挙げられます。あの戦争では、アメリカを中心とする多国籍軍は数千機の作戦機を投入してイラク上空の航空優勢を確保、上空には戦闘爆撃機を常に待機させ、対地用早期警戒管制機「E-8ジョイントスターズ」で地上を見張り、スカッドを搭載した移動式弾道ミサイルランチャー(TEL;Transporter-Erector Launcher 輸送-起立-発射機)を発見次第に空爆、撃破を行いました。更には潜入した地上特殊部隊による大口径対物ライフルの狙撃でスカッドを破壊するなど、あらゆる手段を用いて破壊を試みたものの、イラク軍は日中はTELを隠し、バルーンデコイやTELに擬装したタンクローリーなど囮を配置し、夜間になると行動しゲリラ的な発射で弾道ミサイル攻撃を行っています。攻撃が夜間になったのは相手への心理的効果もさることながら、イラク軍自身が見つかりやすい日中は行動不可能だった面があります。
結果、湾岸戦争でイラク軍による弾道ミサイル攻撃はイスラエルに向けて約40発、サウジアラビアやバーレーンなどに向けて撃たれたものを含めると約90発が発射に成功しています。砂漠で監視しやすいイラクですら、この有様です。山間部の森林地帯である北朝鮮の国土では、TELの発見はより困難となるでしょう。アメリカ軍の圧倒的な戦闘爆撃機の数とE-8ジョイントスターズの存在、近隣に航空基地を確保した優位性を持っても、イラクでのスカッド狩りは成功率が非常に低かったのです。
しかし、アメリカ軍を中心とするスカッド狩りは成功率が低くても重要な成果を果たしていました。航空優勢を確保されてしまったイラク軍は、その行動は大きく制約され、大規模な纏まった行動が出来なくなり、それぞれが身を隠しながらゲリラのような散発的な弾道ミサイル攻撃を仕掛ける以外に取れる手段が無くなってしまったのです。
つまりそれは、多数のミサイルを一斉に発射して相手の防空網を突破する「同時飽和攻撃」が大変仕掛け難くなった、という事を意味しています。戦闘攻撃機が敵地上空で睨みを利かすことは、味方の対空迎撃部隊の負担を大幅に減らす効果を見込む事が出来ます。つまり現在で言えばMD部隊の迎撃成功率を高める効果が期待できるのです。
湾岸戦争では、戦闘攻撃機によるスカッド狩りも、パトリオットPAC-2によるスカッド迎撃も、どちらも成功率は低いものでした。しかし当時のPAC-2は弾道ミサイル対処能力が無かったものを無理矢理使った結果であり、あれから20年近く経った現在では専用の弾道ミサイル防衛用装備であるPAC-3、SM-3、THAADなどが登場しており、技術的には格段の進歩を遂げています。キネティック弾頭のような大気圏外で迎撃する兵器など、あの当時では夢物語のSF兵器に近しいもので、時代の流れというものを感じさせます。しかし一方、スカッド狩りのような手法は格段の進化を遂げているようには見受けられません。強いて言うならUAV(無人機)による監視と攻撃が挙げられるくらいで、確かに進歩はしていますが、それではE-8ジョイントスターズを上回る働きを期待できるかというと、やはりそれは違うように思えます。
MD(ミサイル防衛)と敵基地攻撃能力、どちらに弾道ミサイルへの対処の主軸を置くかは、自明の理だと思います。しかし、どちらか片方が有れば片方は無くても安心というものではなく、敵基地攻撃能力による敵同時飽和攻撃の抑制を行い、MDの迎撃成功率を高めるという効果を見込めるからこそ、両方が必要だという主張に繋がるのです。
敵基地攻撃能力を敵の脅威排除の主軸に置く事は出来ません。専守防衛の理念に反するという理由以前に、物理的に日本単独では実行不可能だからです。日本の航空自衛隊の乏しい攻撃戦力で、それ以前に目標を発見する能力すら低く、近場の韓国の航空基地を利用できるわけでも無いのに、一体何が出来るというのですか? 湾岸戦争でのスカッド狩りのような真似は、あくまでアメリカ軍が主軸でやってもらう話です。日本や韓国はそれの補佐を行う役割です。アメリカ軍と同じような事を単独で行うには、膨大な航空戦力が必要になります。それを本気で整備しようとしたら、MD費用どころではない金額が吹き飛んでいく事になります。
更に言えば「巡航ミサイル」ではスカッド狩りには向いていません。トマホーク巡航ミサイルのような長距離巡航ミサイルは、固定目標を攻撃するもので、移動式ミサイルランチャーを攻撃する為のものではありません。亜音速で長距離を飛行するトマホークは、発射から着弾まで数時間掛かる代物で、移動するTEL相手に撃っても何の意味もありません。しかも貫通能力が殆ど無い為、弾道ミサイルを収めた固定サイロ目掛けて発射しても、サイロが耐爆仕様の強化型ならば何の打撃も与えられません。トマホーク巡航ミサイルにはチタニウムを使用した弾殻強化の貫通タイプもありますが、可能なのはビルなど普通の建造物を貫通するのがやっとの代物で、本格的な耐爆バンカーや強化サイロには通用しません。つまり自民素案の「海上発射型巡航ミサイル」で破壊できる弾道ミサイルは、テポドンのような固定式暴露型発射台のものに限られます。しかしそれは実験用の試射台であり、実戦で使われるような代物では無い筈です。つまり「策源地攻撃が必要」という部分の策源地とは、弾道ミサイル以外の目標を狙う気でいると考えていると思われても仕方は無いでしょう。其処まで深く考えておらず、敵基地攻撃なら巡航ミサイルだな、と短絡的な発想を行っただけかも知れませんが。
本気でスカッド狩りの真似事を行う気なら、理想は戦略爆撃機を含む多数の作戦機を上空で待機させ、目標を発見次第に誘導爆弾で撃破する戦法が良いでしょう。しかし勿論、そんな贅沢な手段はアメリカ軍以外には出来ません。そして無人攻撃機は発展途上であり、このような作戦を行わせるような技術レベルには達しておらず、現有の機材では補佐的な事は出来ても主軸は期待できません。通常の有人戦闘爆撃による攻撃編隊の編成は、例えEA-18Gグロウラーのような電子戦機を加える事が出来ても、自衛隊の戦力では用意できる数が知れていて、100基単位の敵弾道ミサイルを撃破していくには難しい面があります。ステルス攻撃機ならば制空部隊も電子戦機も省けるので、自衛隊の全戦闘機がステルス化すれば非ステルス機による攻撃部隊よりも攻撃に割ける機体の数が増えますが、航続距離や空中給油機の数の問題も有るので、劇的に増えるわけではありません。
そもそもどうやって目標を発見するのか、難問です。日本にはE-8ジョイントスターズのような機材は無いのです。普通の有人偵察機や無人偵察機で代用できるような代物とは、思えません。
また韓国の基地を使って近場から反復攻撃を仕掛けたいのですが、政治的に自衛隊機が韓国を拠点に作戦行動を行うのは難しいでしょう。軍同士のレベルなら問題は無いし有事の際の協定も結んでいるとされていますが、政治的なわだかまりと国民感情が自衛隊=日本軍の展開を許すとは思えません。
そうなると「航空母艦を使って北朝鮮近海に接近、艦載機で反復攻撃」「航続力の高いステルス戦略爆撃の投入」などという、これまたアメリカ軍くらいしか実行できない贅沢な装備が必要となり、日本では実現不可能です。
今の所、敵基地攻撃能力でこれが効率的だ、と言える装備を思い付く事が出来ません。だからこそMDを重視すべきだと思っていますが、既に述べたように敵基地攻撃能力とMDを組み合わせると相乗効果を発揮できるので、有効な敵基地攻撃能力は保有すべきと考えます。ですがハープーンBlock2、ASM-2データリンク型、XGCS-2、マーベリック、JASSM、トマホーク、SDB、どれもスカッド狩りの決定打とは言い切れるものがありません。
「自衛隊はミサイル策源地への攻撃能力を獲得すべきだ」と唱える方は、具体的にどのような装備が良いのか、意見を聞かせてください。