年末の防衛大綱改定に向けて、自民党が提言した防衛政策の報告書が公式ページに掲載されていました。その内容には、事前の報道には無かった種類の兵器も候補として上がっていました。敵基地攻撃能力の手段として巡航ミサイルの他に弾道ミサイルが挙げられ、ミサイル防衛用としてTHAADの他にSM-3地上配備型について言及がありました。更には島嶼作戦の為に取得すべき兵器の名前に、妙な兵器についての言及もありましたが・・・
提言・新防衛計画の大綱について:自由民主党つまり自民党は巡航ミサイルの弱点として速度が遅く、即応性に劣る事を認めており、速度の速い弾道ミサイルを即応性の高い攻撃戦力として用意する事も重要であると述べています。
どういうことかと言うと、液体燃料式の弾道ミサイルは発射準備まで数十分から数時間掛かります。ノドンの原型であるスカッドミサイルの場合、移動式ランチャーを固定して発射準備態勢が整うまでに1時間半掛かるとされています。発射状態にあるランチャーを見つけても、猶予は短い時間しか残されていません。発見したのが準備直後とも限らず、最大でも1時間前後、短ければ数分から数十分で発射されてしまいます。ところが速度の遅い巡航ミサイルでは、飛んでいくだけで数十分から数時間掛かってしまい、間に合わないのです。目標データ入力の時間も考えれば(ただし地形等高線や情景データの情報入力をカットし、GPS情報だけで撃ち出せば時間短縮可能)、余計に無理です。これが弾道ミサイルならば速度が速く、数分以内に目標まで到達します。巡航ミサイルでも超音速化すれば目標到達時間が短くなりますが、それでも弾道ミサイルの速度には及びません。スクラムジェットエンジンでも積まない限り、同等の即応性は確保できないのです。
戦術弾道ミサイルに関して言えば、アメリカ軍がATACMSという短距離弾道ミサイルを装備しており、韓国軍も保有しています。これにはGPS誘導型もあり、ピンポイントで目標を狙う能力が有ります。更にATACMS海軍版のALAM弾道ミサイルも開発中で、これを装備すべきであるというのが自民提言の内容なのでしょう。ですが幾つか障害があります。ALAM弾道ミサイルの開発は停滞しているのか、全く進捗状況が掴めません。またALAM弾道ミサイルは直径が太く、イージス艦のVLSでは搭載不可能です。現状、これを積めるのは最新鋭のズムウォルト級駆逐艦に内蔵されているMk.57VLSのみで、海上自衛隊が装備する気なら新型艦を作る必要があります。一番手っ取り早いのはアーセナルシップ計画のようにVLS弾薬庫船を建造し、ミサイルの発射管制はデータリンクで随伴するイージス艦に任せてしまう方式です。ただの貨物船を改造すれば数ヶ月で用意できます。
Advanced Land Attack Missile [ALAM] -GlobalSecurity.org弾道ミサイルは巡航ミサイルよりも命中精度が低い弱点がありますが、大まかな精度はGPS搭載によってカバーできます。そして弾頭部分を誘導クラスター弾頭にしてしまえば、弾道ミサイル狩りに十分転用できます。クラスター爆弾禁止条約は誘導型クラスター弾ならば一定の条件で条約の対象外としており、日本が保有しても問題ありません。また貫通弾頭を用意すれば、巡航ミサイルの貫通タイプなどよりも遥かに貫通力の高いものが出来上がります。
目標をどうやって見つけるのか、という疑問はまだ残りますが、ピンポイント攻撃可能な戦術弾道ミサイルによる敵基地攻撃能力は、巡航ミサイルよりも実効性が高く、今すぐ調達できる適当なものはまだありませんが、アメリカのALAM弾道ミサイルやあるいは自主開発などで、誘導型クラスター弾頭付きのものや貫通弾頭タイプを用意することは良い選択ではないかと思います。
ただし国際条約上、弾道ミサイルはミサイル技術管理レジームに引っ掛かる為、輸入品は射程300kmまでのものに限定されます。ALAMは本来射程500kmですが、そのままの性能では導入できません。それでも艦船に搭載し、北朝鮮沿岸に可能な限り接近して攻撃する場合、日本海と黄海の両方に艦隊を派遣すれば、北朝鮮国土の殆どを攻撃圏内に収める事が出来ます。また射程が短ければ中国を刺激する事も無く、ATACMSは韓国も既に取得している事から、周辺国は反対する事も無いでしょう。
この自民党の提言で問題がある部分は、目標を見つける為に挙げられている手段が偵察衛星だけでは、不十分であるという点です。湾岸戦争でイラク軍は、偵察衛星が上空を通過する間は弾道ミサイルランチャーを隠していました。数の多いアメリカの偵察衛星が相手でもこのような真似が出来るのであれば、数の少ない日本の偵察衛星から身を隠す事は更に簡単でしょう。元々、偵察衛星だけでは常時監視など到底無理な話で、アメリカ軍は地上警戒版早期警戒管制機E-8ジョイントスターズで警戒を行っています。日本が敵弾道ミサイルの発射阻止を攻撃によって行う為には、攻撃能力以前に目標を発見する偵察能力、警戒能力の方が遥かに重要な要素であり、その方策について真面目に検討していないのであれば、敵基地攻撃能力など片手落ちな話に過ぎません。有人機、無人機などによる偵察能力をどう確保するのか、それとも目標は全てアメリカから提供される情報に頼るのか、どちらにせよ、偵察衛星だけの情報では不十分である事を認識しなければなりません。
MD(弾道ミサイル防衛)については、THAADだけでなくSM-3地上発射型について言及があります。まさか記載されてるとは思わず、びっくりしました。以前に記載すべきだとは書きましたけど、どんなレーダーを使用するかまだ何にも決まっていないプランについて明記するとは、なかなか思い切った判断です。これは嬉しい提案です。あとSM-3改というのはBlock2の事でしょうね。
最後に、お馬鹿な新提案についてです。
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アハハ、全然お話にならないです。
敵艦隊への攻撃は、弾道ミサイルの移動式ランチャーみたいに、可能な限り早く潰すような必要性は全くありません。弾道ミサイルの高速性、即応性なんて必要性が何も無いのですよ。中国が地対艦弾道ミサイルを開発しようとしているのは、即応性の為ではなく、長射程を利用して攻撃する為です。それと生半可な対艦ミサイル攻撃では、とても米機動部隊に打撃を与えられないからです。
あの全盛期のソ連海軍による対艦用巡航ミサイル同時飽和攻撃ですら、イージス艦を含めた防御ラインを突破できるか危ぶまれていたのに、中国軍の戦力では空母直衛のイージス艦どころか、空母艦載機の防空網すら突破できず、とても対抗できない為、既存の兵器では撃墜不可能な弾道ミサイルによる攻撃を画策したのです。一発逆転を狙ったのですね。ですがこの目論見は現在、イージス艦に弾道ミサイル防衛能力が備わってしまった事により、無意味なものになりつつあります。そもそも中国はどうやって遠距離に居る米空母を発見する気だったのか、その時点で無茶な計画でした。ソ連ならレゲンダという、軍事衛星を用いた全地球洋上監視システムがありました。しかし中国にはそれに相当するものがありません。
ソ連も嘗てはSS-NX-13という地対艦弾道ミサイルを計画しましたが、実用化は困難と見做され計画は破棄されています。そして対艦用巡航ミサイルによる同時飽和攻撃戦術へと傾斜していきました。
私は、中国が地対艦弾道ミサイルを実用化するとは思いません。確かにソ連ですら開発できなかったとはいえ、現在の技術力ならば完成させる事だけなら出来るかもしれません。ですが今や米空母を守るイージス艦は、弾道ミサイル防衛能力を手にしています。米空母を狙って落ちてくる弾道ミサイルは、直衛のイージス艦から見れば自分達に向かって落ちてくる目標です。つまりヘッドオンで捉える事が出来ます。はっきり言いましょう。撃墜は容易です。例えICBMクラスの弾道ミサイルを使おうとも、スタンダードSM-3Block2ならば、自分達に向ってくる目標ならば撃破出来ます。例え弾頭が軌道変更するタイプであっても、最終的に自分達に向ってくるならば、捕捉も撃墜も容易です。対艦弾道ミサイルは、対艦巡航ミサイルよりも命中精度が低く、高価な為に数も用意できず、イージス艦がMD能力を持った今では、何の脅威にもなりません。更に防御側はSM-3の他にもSM-2Block4やPAC-3MSE艦載型など、各種艦載MDによる多層防御網も構築可能です。
もう弾道ミサイルで一発逆転だ、という状況ではありません。意味がありません。そんな馬鹿なことをするくらいなら、攻撃原潜で魚雷攻撃を仕掛けた方が遥かに成功率は高いでしょう。そのような判断を行えないほど、中国は愚かと思いますか? 中国は対艦弾道ミサイルの計画を放棄するでしょう。たとえ万が一実用化しても、怖くも何ともありません。そんなものを意識する必要なんて何にも無いです。
自民党の政策提言チームは、もうちょっと頭の良い軍事評論家の意見を聞くべきなのですよ。中国も持っているから自分達も欲しいです、とか全然話にならないのですよ。何の為に持つか、どうして必要なのかが重要なのであって、日本が敵艦隊攻撃に弾道ミサイルを使わなければならない理由なんて何にも有りません。敵艦隊攻撃は弾道ミサイルが必要なほど即応性が要求されるわけではなく、しかも中国艦隊の防空力は米空母機動部隊ほど高くは無いのですから。
まさかドサクサ紛れに弾道ミサイルを取得して、対地攻撃用に改造だーとか、馬鹿な夢は見ていないでしょうね?
日本が弾道ミサイルを取得する行為は、長射程のものとなると周辺国の反発を招きます。国際的にもミサイル技術管理レジームによって、射程300kmまでの短距離弾道ミサイルまでしか加盟国は売買行為を認められていません。仮に300kmの射程の短距離弾道ミサイルを対艦用にしたところで、何の意味も無いでしょう。将来、中国が空母を取得するとして、空母艦載機の行動半径よりも短いです。つまり発射前に空爆で叩かれて終わりです。地上基地から発進する航空機からの対地巡航ミサイル攻撃にだって晒されるでしょう。残存性は低いです。
つまりこの自民の提案は、長射程の弾道ミサイルでなければ意味が無く、そしてそれは弾頭を対地用に換装すれば中国本土を狙う事が出来ます。必要性の全く無い「地対艦弾道ミサイル」を要求するだなんて、最初からそれが目的としか思えません。有権者を舐めたような真似は謹んで頂きたいです。
地対艦弾道ミサイルだなんてゲテモノ兵器、必要ありません。そんなものより、試験中の超音速空対艦ミサイル「XASM-3」へ予算を沢山下さい。中国艦隊の防空力ではこれを防御する事は困難でしょうし、超音速なので目標まで一気に突っ込んでいけます。航空機搭載型なので射程内に運ぶまでは時間が掛かりますが、一旦発射すれば直ぐに命中しますよ。
F―2が XASM−3 試験で離陸!!:岐阜基地の翼(画像有り)
また、どうしても即応性の高い地上発射式の対艦ミサイルが欲しいのでしたら、弾道ミサイルではなくこのXASM-3の射程を長大化させるか、ロシア/インド共同開発のブラモス超音速巡航ミサイルのような大型のものを新規開発すれば良いです。
ブラモス (ミサイル) - Wikipediaブラモスは高空をマッハ3で飛翔しますが、インドは更なる改良型でラムジェットエンジンの作動限界に迫るマッハ5を目指しており、ここまで行くと短距離弾道ミサイル並みの速度が出ています。
とはいえ、敵艦隊攻撃にそこまで即応性が重視されるとは、私には到底思えません。普通にASM-3超音速対艦ミサイルの量産で済む事でしょう、たとえ中国が空母を建造しようと、これと潜水艦の増強で十分な筈です。
それとも自民党の政策提言チームは「敵艦隊攻撃に対艦弾道ミサイルの即応性がどうしても必要だ」とちゃんと説明できますか? やって見せて下さい、その場で叩き潰して上げます。ドサクサ紛れに国民を騙して必要以上の武装を持とうとする行為は、認められません。
そんな馬鹿なことを画策するくらいなら、「アメリカの保有するズムウォルト級駆逐艦を全部買い取って、対北朝鮮攻撃用装備とする。ALAM短距離弾道ミサイルと155mmAGS砲で釣瓶撃ちだ!」くらいの案を提案してください。これも無茶ですけど夢がある上に、対北朝鮮用装備として周辺国も理解し、何にも言わないでしょう。まぁ、私の趣味なんですけど。
ズムウォルト級ミサイル駆逐艦 - Wikipedia