今やエコロジーの時代です。当然、軍隊だって環境問題を考えなければなりません。最近、ヨーロッパのAFV(Armored Fughting Vehicle:装甲戦闘車両)はEURO-III排ガス規制に対応しているのが当たり前で、アメリカや日本でもAFVのクリーン排ガス化は当然のように行われています。
そして以前、以下のような報道がありました。
地球に優しい自衛隊を・・小池環境相、防衛庁で講演 [2006年6月30日 熊日新聞]
小池百合子環境相は29日、防衛庁で幹部自衛官らに地球温暖化問題で講演。 「自衛隊の二酸化炭素(CO2)排出量は数百万トンに上るのではないか」とした上で、「ハイブリッド戦闘機とか燃料電池戦車とか、環境の観点からの発想は安全保障の面でも大きな効果をもたらすのではないか」と”持論”を展開した。しかしあまりの奇抜さに反応はいまひとつだった。
これを読んで「ハイブリッド戦闘機って何だ?」「燃料電池戦車・・・」「環境最優先では馬力が落ちてしまう。軍事の現場を知らないのじゃないか」という感想を抱く人も多いでしょう。(最後の感想文は小池百合子氏が防衛庁長官に就任した頃のゲンダイ記事2007/7/4より)・・・ですが、そういった認識は誤りです。実はこの環境相時代の防衛庁での講演内容自体は、あながち間違ってはいないのです。結果的には正しいとすら言えます。(偶然の可能性が高いけれど)
信じられないかもしれませんが、ハイブリッド戦闘機は過去に存在しており、将来にまた出現する可能性が高いのです。燃料電池を軍用車両に活用する可能性については、ごく近い将来に現実の物となるでしょう。燃料電池潜水艦は既に実用化されています。そしてハイブリッド戦車ならば、もうすぐ登場します。それどころか近い将来、あらゆるAFVはハイブリッド化される可能性があります。海軍の戦闘艦についても同じ事が言えます。
アメリカ軍が現在開発している次世代AFVの数々は、ことごとくハイブリッド化されているのです。
MCS (戦車) - Wikipedia米陸軍、ハイブリッド大型トラックの評価テストを開始|WIRED VISIONShadow RST-V - Army Technology『MCS』はアメリカ陸軍の開発している戦車で、FCS(フューチャー・コンバット・システム)で用意される派生車両の戦車版です。動力ユニットはディーゼルエンジンとモーターで構成されるシリーズハイブリッド(エンジンは発電に専念する)方式。
ハイブリッド大型トラックの『FTTS-MSV』はパラレルハイブリッド(モーターアシスト)方式。
海兵隊の開発している『シャドウRST-V』はホイールインモーターのシリーズハイブリッドですが、大型リチウム-イオンバッテリーを搭載したプラグインハイブリッド(電池に電気を供給する)方式の要素もあり、ユニークな点として完全電動走行モードによる静粛走行性を生かした偵察車両として期待されています。まだ計画にはありませんが、補助電源として燃料電池を搭載すれば静粛走行モードのまま大速力が発揮出来ます。
この三種類のどの車両も燃費の改善を視野に入れています。燃料消費量が少なくなれば、それだけ兵站が楽になり、軍隊の行動に戦略面で大きな利点が生まれます。また、RST-Vのようにモーター駆動による静粛走行性が戦術的な利点にも成り得ます。近い将来、アメリカ軍のAFVはハイブリッド車両ばかりで構成されていくことになるでしょう。
そして海軍艦艇でも同じ動きがあります。通常動力潜水艦がハイブリッドなのは水中航行の為に当然なのですが、水上戦闘艦でも次世代艦は『統合電気推進』というハイブリッド駆動システムを採用する傾向にあります。
Zumwalt class destroyer - WikipediaType 45 destroyer - WikipediaQueen Elizabeth class aircraft carrier - Wikipediaこれらの新型戦闘艦は、ロールスロイス社製の新型ガスタービンエンジンと電気モーター・スクリューポッドによる統合電気推進システムで、ガスタービンエンジンが苦手とする中低速域での大幅な燃費改善を果たしています。(ガスタービンエンジン自体も中間冷却器を備えた新設計)これでアメリカとイギリスの次世代水上戦闘艦は原子力空母以外の多くがハイブリッド駆動となり、自衛隊も同じシステムの導入を計画しているとされています。
このように、近い将来に海でも陸でもハイブリッド化の波が押し寄せてきます。ちなみに、実は戦車や軍艦のハイブリッド駆動は何十年も前から存在しています。第一次世界大戦に登場したフランスのサンシャモン戦車は電気モーターのハイブリッド駆動方式でしたし、第二次世界大戦でのポルシェ・タイガー戦車やフェルディナント駆逐戦車、超大型戦車マウスもハイブリッド駆動です。ワシントン軍縮条約以前のアメリカ海軍の戦艦群もタービンエレクトリック推進、つまりハイブリッドでした。しかしこれらは燃費向上を意図したというよりも、シリーズハイブリッドならばトランスミッションが必要無い(モーターによる無段階変速、前進後進の切り替えも簡単に行える)という利点を狙ったもので、最近のハイブリッドシステムとの意味合いは異なっています。
そしてハイブリッド戦闘機についてですが、ハイブリッド(複合)動力システムを搭載した機体は、第二次大戦末期から冷戦初期に掛けて幾つか現れています。
FR (戦闘機) - WikipediaB-36 (爆撃機) - WikipediaXF-91 (戦闘機) - Wikipedia初期のジェットエンジンは燃費が悪いという欠点があった為、燃費の良いレシプロエンジンと組み合わせて欠点を解消しようと言う試みが行われました。またロケットエンジンとジェットエンジンを組み合わせて戦闘時に大速力を得ようという発想もありました。ただしこれ等は、ジェットエンジンの一種でありながらプロペラを主な推進力とするターボプロップエンジンの登場や、ターボジェットエンジン、ターボファンジェットエンジンの更なる進化により不要となり、現在は廃れています。
ですが将来登場するであろう新型エンジンを積んだ機体は、ハイブリッド(複合)動力となります。新型エンジンとはスクラムジェットエンジン(supersonic combustion ramjet)の事です。
スクラムジェットエンジン - Wikipediaスクラムジェットエンジンは音速を超えなければ作動しないので、それまで別のエンジンで加速する必要があります。この為、ハイブリッド(複合)動力であることを余儀なくされます。またスクラムジェットエンジンは燃料にスラッシュ水素を使用する為、環境に対する負荷は石油を燃やすエンジンよりも低いものとなっています。
アメリカは将来の戦略爆撃機について、このスクラムジェットエンジンを積んだ機体を考えており、実際に極超音速爆撃機開発計画が進行中です。
[全地球到達極超音速巡航爆撃機] - Hyper Armsまたスクラムジェットエンジン以外にエアターボラムジェットエンジン(ATR:Air Turbo Ramjet)というものもあります。これは複合サイクルエンジンの一種で、ターボジェットエンジンとラムジェットエンジンのハイブリッド(機構的に直接組み合わせている為、むしろコンバインドと呼ぶべきか)方式で、日本のJAXA(ISAS)ではこのATRを使った極超音速機の実験を行っています。これも燃料は液体水素です。JAXAのATRは吸入空気を液体水素で冷やし密度を増し出力を上げる方式で、ATREXと呼ばれています。
ATREX: スペースプレーン用空気吸い込み式エンジン|ISAS将来、このような新型エンジンが実用化され、軍用機にも使われ始めたら、戦闘機型も出現する可能性があります。既に爆撃機型は計画が進行中です。しかし、果たしてマッハ5以上の速度で空対空戦闘を行えるものでしょうか・・・旋回半径がとてつもない事になるでしょう、少し想像が付かない世界です。ですが、有り得ない話ではありません。
このように、小池百合子氏が環境相時代に防衛庁(現防衛省)で行った講演内容は、世界的な軍隊のエコロジー化と方向性を同一にしており、ハイブリッド戦闘機にしても燃料電池戦車にしても将来に出現する可能性があるものです。もし「ハイブリッド戦車」と発言していたら、「小池百合子は米軍の新型戦車の事を知っているのか、石破茂以上の軍オタだ」と騒がれていたかもしれません。ですが、発言当時と防衛庁長官に就任した時にこの講演内容は叩かれました。それはまだ世間に軍隊のエコロジー化が知られていなかったせいなのでしょう。軍隊の行う戦争行為、破壊行為はそれ自体が環境破壊ですから、「何がエコロジーだ」と反発を受けるのも無理はありません。
ですが、軍隊のエコロジー化は世界的な流れです。戦争をする時以外の平時でも、軍隊は環境に負荷を与え続けます。それを減らす取り組みは大きな意味を持つ筈です。「軍隊を無くせ」と言うのは簡単でも、実行するのは無理があります。ならば出来る限りの改善を図っていかなければなりません。軍隊にとっても環境問題に対する取り組みは戦略的、戦術的に意味を持ち得るので、積極的に推進する事はマイナス面ばかりでは無くプラスの面もあるのです。既にこの記事で述べた事の他にも、例えば
海上自衛隊の新型哨戒機XP-1は低騒音なのですが、これは基地周辺の住民の負担を減らすだけでなく、静粛性が高い事で被発見率を減らす効果も期待できるのです。地球環境問題、地域環境問題を改善していく事は、これからも軍隊に求められていく話なのです。