あー、えーっと、そのー・・・産経新聞の軍事記事はトバシが多いのであまり信用していないんですが・・・かなり気になる記事がありました。「台湾チャンネル」「竹林一号」、そんな懐かしいフレーズを思い出させます。
中国、米空母攻撃ミサイル開発へ 台湾有事備え[5/16 産経新聞]
中国軍が、台湾有事をにらんで米空母攻撃用の対艦弾道ミサイルの開発に着手するとともに、ロシアから超音速長距離爆撃機も導入し、対米軍戦術を修正していることが15日、明らかになった。米軍や自衛隊の迎撃兵器の射程外からの攻撃に力点を置くことで、台湾有事に際して米空母機動艦隊来援を阻止する目的とみられる。日台軍事筋が明らかにした。
「非対称戦」露に学ぶ中国…強大米軍への対抗戦略 [5/16 産経新聞]
自衛隊に外洋におけるTu−22Mの迎撃手段はない。台湾有事の際、日本の対米後方支援を嫌う中国がTu−22Mで日本出入りの船を威嚇か攻撃すれば、日本のエネルギー輸送路は大きな打撃を受けるのは必至で、日本にとっても安全保障上、大きな脅威となる。(野口裕之)
産経新聞の野口裕之記者は、1998年8月31日にテポドン1号が日本列島を飛び越えて三陸沖に着弾した事件の、その10日前に北朝鮮のミサイル発射準備を伝える記事を書いた人です。発射前段階で警告していた新聞社は産経以外に無く、このスクープは翌年の新聞協会賞を受賞しています。つまり野口記者は産経新聞の軍事関連記事のエキスパートである筈なのですが・・・。
今回の内容は二つとも産経らしい、無茶な煽り記事です。
まず「対艦弾道ミサイル」についてですが、確かに過去にソ連で開発されていたことはあります。それは「SS-NX-13」というSLBMで、終末誘導はレーダーホーミングだったと思いますが、初期段階で計画は中止されています。いくら弾道ミサイルに誘導システムを装着した所で、戦術目標、それも海の上を自由に動き回る艦船を攻撃する事は困難を極めました。
もし中国が対艦弾道ミサイルを実用化レベルに持って行けたとしても、命中精度は対艦ミサイルなどとは比べようもないほど低いものになる筈です。そうなると命中精度の低さを同時多数攻撃を仕掛けてカバーするしかないわけですが、今や空母を護衛するイージス艦がMD能力を持つ時代であり、弾道ミサイルは撃墜されてしまう可能性を考慮しなければなりません。対艦弾道ミサイルによる攻撃は、あまりに分の悪い賭けだと言えます。
また記事内では、なにやらTu-22Mバックファイア攻撃機とAS-4対艦ミサイルを大変に過大評価しているようです。幾つか抜粋。
>同爆撃機は、戦闘行動半径約4000キロで、射程500キロのAS−4空対艦ミサイルを3基まで搭載できる。
爆撃任務時の"最大"航続距離8000kmを、そのまま半分の4000kmで「戦闘行動半径」とするのは間違いです。
>米本土も爆撃可能なため、第2次戦略兵器制限交渉(SALTII)で、
>保有を認める代わりに空中給油装置撤去を条件としたほど、米側が恐れた兵器だ。
SALT2でTu-22Mはその中途半端な大きさが災いして、戦略爆撃機扱いして大幅削減を要求するアメリカと、中距離爆撃機扱いして削減を免れたいソ連との交渉の末に、妥協案として中距離爆撃機扱いだが空中給油装置は撤去するという事が決定した経緯の筈です。アメリカはTu-22Mを恐れたというより、自軍に同サイズの機体が無かったのでTu-22Mが条約を素通りするのはズルイ、と感じただけのような気がします。
>イージス・システムも「対艦弾道ミサイルやAS−4を大量に同時発射されれば、
>すべてを迎撃できる可能性は大きく低下する」(日台軍事筋)からだ。
そもそも、そういった同時多数飽和攻撃を防御する為に生まれてきたのがイージス・システムの筈です。
>自衛隊保有の対空ミサイルも、Tu−22Mは射程外となる可能性が極めて高い。
射程外で当たり前です。Tu-22Mに限らず対艦ミサイル攻撃というものは、敵艦隊の艦対空ミサイルの有効射程内に踏み込んで撃つものではありません。
>防衛省は新たな迎撃手段の開発・配備を含む戦術の再構築を迫られそうだ。
現状で何も問題はありません。対艦弾道ミサイルにはスタンダードSM-3で対処、Tu-22Mバックファイア爆撃機のAS-4対艦ミサイルに対してはスタンダードSM-2で対処します。
>自衛隊に外洋におけるTu−22Mの迎撃手段はない。
Tu-22Mから発射されるAS-4を迎撃すれば自衛隊の任務は達成される筈です。Tu-22Mそのものを撃破する必要はありません。
・・・そもそも海上自衛隊がイージス艦を導入する際に示した理由が「ソ連のTu-22Mバックファイア爆撃機の脅威に対処する為」だった筈です。それなのに「迎撃手段はない」とか煽るのは奇怪極まりないです。元々イージス艦はこの脅威に対処する為に導入されたのだから、「本来の仕事が出来そうだ」くらいに考えればよい事でしょう。それにTu-22Mはロシアから中国に売るのですから、仮想敵国全体の保有量はそのまま変わりがありません。
そして野口記者の言うような「外洋でバックファイアを撃墜する」には、正規空母に艦載する戦闘機が必要となります。つまり、空母を保有しろと言いたかった記事なのでしょうか。しかし同じ記事内に「弾道対艦ミサイルで空母ピンチ!」というノリの文章があるので、結局何がしたかったのかよく分からない内容となっています。
とりあえず野口記者と「日台軍事筋」が如何程のものかは、想像できるようになりました。