揚陸作戦とは専用の揚陸艦だけで行われるものではなく、多数の民間徴用船が参加して行われます。通常は先ず専用の揚陸艦が砂浜に上陸、地上部隊が進撃し港湾を奪取した後に、民間徴用船を港湾に接岸させて大量輸送を始めます。他には港湾を直接奪取する場合もありますし、砂浜の海岸に移動式の人工港を持って行った場合もあります。港湾を使わない場合でも、客船や貨物船ならば人員や物資をヘリコプターで輸送すれば活用出来ますし、カーフェリーやRORO船ならば沖合からポンツーンを架橋する事でビーチングをせずとも重装備を降ろす事が出来ます。
以下は1996年11月に中国人民解放軍が陸海空協同で大規模揚陸演習を行った時の様子です。
大型の民間ロロ船(RORO船)を使用して機械化部隊を輸送し、工兵が水際に短時間で機動式埠頭を架設して大量の戦車・装甲車・各種火砲を迅速に上陸させる訓練が実施され……次のような成果をあげた。
1 民間の大型貨客船を使用して機械化部隊を隠蔽し、巧妙に偽装を行って海上発射装置を設置し、重装備大部隊の迅速渡海作戦に新しい道を開いた。
2 部隊の制式機材を民間施設と相互に結合する方式を採用した。舟橋とバージ船を組み合わせて迅速に橋梁を架設する野戦式機動埠頭は、埠頭のない条件下での大量の戦車・装甲車・各種火砲を迅速に上陸させる重要な難題を解決した。……
(平松茂雄著「台湾問題」p5-6 元記事は「解放軍報」の1996年1月21日および1999年9月26日)
舟橋(ポンツーン)とバージを組み合わせた「野戦式機動埠頭」を用いれば、民間の大型RORO船を埠頭の無い条件下で投入する事が出来て、戦車を含む重装備を降ろす事が可能となります。
この機動埠頭を用いて大型RORO船を揚陸作戦で活用する中国軍の様子を写した写真が以下で閲覧出来ます。
中国民间隐藏着强大的海运登陆能力:铁血网BBS「中国の民間には強大な揚陸作戦能力が隠されている」と題される写真投稿掲示板の記事には、1枚目と2枚目には小型フェリーから洋上発進する水陸両用戦闘車両、3枚目にはプッシャー・バージ船、4枚目に大型RORO船と機動埠頭(ポンツーン橋)を用いて装甲車を揚陸させている写真があります。
この「ポンツーン橋を用いる事で直接ビーチングせずとも重装備を陸上に降ろせる」事のメリットは、ビーチング能力を持たない民間RORO船を埠頭の無い状況で使える事と、ビーチング能力を持つ専用の揚陸艦であっても重量制限を気にする事無く物資を積み込める事にあります。そしてこれは台湾上陸を念頭に置いた中国軍の特殊装備という訳ではありません。実はロシア軍もまた新型揚陸艦「イワン・グレン」級に同様の装備を積み込んでいるのです。以下は9月10日のロシア紙クラスナヤ・ズヴェズダ(赤い星)が、イワン・グレン級2番艦の建造決定を伝える記事です。
≪Янтарь≫ – флоту | Красная звезда
Данный проект является единственным в мире, где реализована идея неконтактной выгрузки десанта и техники из корабля на необорудованное или пологое побережье – это будет происходить за счет использования серийных понтонных средств. Корабль сможет нести в трюме комплекс серийных понтонов, которые будут затем монтироваться в понтонный мост, соединяющий БДК и побережье, или использоваться как отдельные плавающие средства.
プロジェクト11711「イワン・グレン」級は満載排水量約6000t、全長約120mの戦車揚陸艦でバウドアを持ちビーチング能力が有りますが、それとは別に船倉にポンツーン橋を搭載しており、架橋する事によって無防備の海岸(他の艦が先行して水陸両用戦車を投入、揚陸地点周辺の安全を確保)や傾斜のある海岸(砂浜以外のコンクリート護岸でも展開可能)から重装備を揚陸する事が出来ます。
今回の記事はzyesuta氏の記事
「民間船舶を徴用する中国軍の上陸作戦」を大いに参考にさせて頂きました。中国軍が揚陸作戦に民間徴用船を大量に投入する予定である事、1990年代以降は実際に民間船を動員して上陸演習を繰り返している事(一度の演習で民間船1000隻を動員した事も)、そして中国軍がフォークランド紛争の戦訓(英軍は上陸戦力の7割を民間徴用船で輸送)を徹底研究し、自らの戦略に取り入れている事が分かります。中国海軍の揚陸戦力は専用の揚陸艦隊と多数の民間徴用船で構成されるのです。そして当ブログで数日前に報じた
「中国海軍、ドック揚陸艦と強襲揚陸艦の大量建造に着手か」にある通り、専用の揚陸艦隊が大幅に増強される兆し(ドック揚陸艦6隻、強襲揚陸艦6隻)が有ります。民間徴用船と併せた中国軍の揚陸能力は、非常に強大なものとなりつつあります。
なお、中国軍のRORO船(機動埠頭使用)を用いた上陸演習の写真提供は
某S氏(bosc1945)さん、イワン・グレン級2番艦のクラスナヤ・ズヴェズダ紙の情報提供は
小泉悠(cccp1917)さんでした。御三方、どうもありがとうございました。
そしてこの中国軍の方針は「揚陸作戦に民間徴用船は使ってはならない」という摩訶不思議ルールを唱える
「隅田金属ぼるじひ社」の文谷数重さんの間違った認識を正すものでもあります。
・・・揚陸作戦に民間徴用船を活用する事は、過去の幾つもの戦訓で示されている事であり、当然の話の筈なのですが・・・