先月お伝えした
「Т-95(開発中止)」の通り、ロシア新戦車T-95の開発は中止され、調達は取り止めになりました。ポポフキン国防次官によるロシア軍の大改革は、ソビエト連邦時代から続く兵器体系を刷新し、一時的に外国の兵器を繋ぎとして導入してでも、自国の兵器産業を生まれ変わらせる決断をしたのです。
さてこの結果、ロシアの新戦車T-95は博物館行きとなります。それは日本の新戦車TK-Xに一体どのような影響を与えるのでしょうか。先ず「これで先進国で新型戦車を開発している国は無くなった」と言い出すような輩は出て来ないでしょう。ロシアのT-95が消えても、イスラエルのメルカバMk.4、中国の0910工程(99A2式)、韓国のXK-2(K-2)といった新型戦車が日本のTK-X以外にも存在しており、特に日本の最大のライバルである中国の新型戦車開発計画「0910工程」は、日本の新戦車TK-Xとよく似た軽量化コンセプトを採用しており、お互いの方針の正しさを証明し合う存在となっています。
(2009/09/28)
中国次期戦車0910工程とTK-Xの類似点 またイスラエルのメルカバ戦車は、Mk.3が日本の90式戦車とほぼ同じに1990年頃に登場しており、Mk.4は2004頃に登場しています。メルカバMk.4はTK-Xより一足早く出て来たわけですが、その搭載砲は140mm砲が噂されながら実際には44口径120mm砲であり、大口径化どころか長砲身化すら選択して来ませんでした。44口径120mm砲を選んだという点は日本のTK-Xも同じです。メルカバ用120mm44口径砲のモデル名は、MK.3用が「MG251」でMk.4用が「MG253」と、新設計になっていて威力等が上がっています。これも同じ44口径ながら威力増大を狙って来た日本と同じとなります。
韓国のXK-2については、フランスのルクレール戦車やドイツのレオパルト2A6と似通った仕様でありますが、当初は140mm砲の搭載を企画していましたが55口径120mm砲の搭載に落ち着いた経緯があります。なお中国も140mm砲の試作を、日本では135mm砲の試作が行われており、その上で採用を見合わせています。つまり日本、イスラエル、中国、韓国の4カ国は新戦車への大口径砲の搭載をやろうと思えば可能だったのに、敢えて見合わせたという共通点があります。
この傾向には乗らずに、世界の戦後第4世代戦車への流れを作るかと思われていたのが、152mm砲ないし135mm砲を搭載していると伝えられていたロシアの新戦車T-95でした。
「新戦車は必要か」 清谷信一,コンバットマガジン2010年2月号,p126〜p127
ロシアは新型戦車T-95を開発中である。その詳細は不明だが、無人砲塔や152mm砲を採用しているなどの情報がある。いずれにしても西側3.5世代を圧倒する事を目標に開発が進められているには間違いないだろう。戦車の正面装甲は普通自分の砲弾の直撃に耐えられるように設計されるが、となればT-95がより強力な152mm砲を採用すれば、それには耐えられない事になる。これらの戦車が実用化されれば、新戦車はあっという間に旧式戦車の仲間入りをする。20世紀初頭に英国海軍は『ドレードノット』級戦艦を採用したが、これにより他の戦艦は全て旧式化した。同じような事が現代の戦車にも充分起こり得る。対して西側諸国は現用戦車を2020年代ぐらいまで使用を続ける予定であるので、T-95が完成してから、それに対抗する戦車を開発すれば良い。
この清谷氏の懸念は、一部は的を射ていました。重量55トンと伝えられていたT-95で、自分の152mm砲弾の直撃に耐えられるように設計が可能かどうかは大きな疑問がありますが、防御はともかくとして少なくとも火力が圧倒的である可能性はありました。152mmガンランチャーならさほど怖くは無いですが、152mm高初速砲を搭載してきたら(55トンで反動を吸収できるのか怪しいが)、従来の戦車では対抗できない恐れもありました。
しかしT-95は調達中止され、そのような懸念は無くなりました。
これは日本、イスラエル、中国、韓国の4カ国が自国の新戦車に大口径砲を与えなかった方針が正しかったという事を意味します。またロシアは20年以上前の設計のT-90を何時までも使い続ける気は無く、T-95とも違う全く新しい新戦車の開発を行う方針です、それは恐らく冷戦時代の(ソビエト時代の)発想とは異なる、軽量で使い易い戦車となるのではないでしょうか。そしてそれが出て来る頃には、日本はTK-Xのその次の新々戦車を調達し始めている頃で、ちょうど良い更新サイクルとなります。
結論から言えばロシアのT-95開発中止は、日本、イスラエル、中国、韓国の4カ国にとって朗報でした。T-95に対抗する必要が無くなり、自分達の新戦車の方針を修正する必要が無くなったからです。一戦車ファンとしてみればT-95調達中止は残念ですが、日本国新戦車TK-Xを擁する立場としては、T-95調達中止は歓迎すべき案件であるという複雑な思いがあります。T-95の開発中止は戦後戦車の恐竜的進化が止まった事を意味しており、大きく重くなり過ぎた兵器が軽量で使い易くなるように方向性が変化するのは至極真っ当な流れであり、軽量化コンセプトを逸早く打ち出していた日本のTK-Xと中国の0910工程の先見性の高さを証明したものであると言えます。
なおロシアでは以前から自国の戦車の大半が旧式な事に危機感が抱かれており、近代化改修で凌ぐ事も否定的な声がありました。
ロシア戦車の危機的状況 - 「独立軍事解説」2003年3月7日号
1)ロシア連邦軍の2万両の戦車のうち、現代の要求に合致するのは20%しかない。
2)保管中の戦車のうち、保管期間の異なる3つのグループ(いずれも保管期限内のもの)の走行試験をしたところ、50〜300kmの走行で全車が故障した。
3)米国の戦車要員がプロ4人により構成されるのに対し、ロシアの戦車は中卒の2年勤務兵3名で構成される。整備員も同様でロシア戦車の運命は、稚拙な整備により予め決まっている。
「製造」(または改修)後10年が経過した戦車の能力が不適当になる事を現実は示している。T-72およびT-80戦車のライフサイクルコスト延長のために近代化改修をすることは、次の理由で不適切である。兵器である戦車の製造と運用経験は、これらの機械のライフサイクルコストが偏差(±5年)を含めておよそ30年であることを証明している。したがって、すでに時代遅れになった機材に近代化改修を施すことは、軍に旧式戦車の飽和をもたらし、正しい行為とはみなされない。有望な戦車の再編成、乗組員の訓練レベルの向上および整備の新システムの形成などの明確な総合的運用なくして、我々の機甲部隊が、現代および将来の要求に応えることは決してないだろう。我々の軍の責任者は、T-80UおよびT-90戦車の軍事的な特性が外国戦車に劣っていないばかりか、いくつかのパラメーターに関しては勝っているとみなしている。一方、これらの勝っているパラメーターを示す際に、彼らは、なぜか謙虚になってしまう。T-80UおよびT-90戦車の戦闘能力は外国の戦車に著しく劣っており、これは新しい戦車を製造する必要を示すものである。」
これは月刊「グランドパワー」2004年5月号「日本軍中戦車(2)」 に掲載された、一戸崇雄氏による翻訳文です。元の露文資料はロシア独立新聞の発行する「独立軍事解説」の記事
"Танковый кризис"(戦車の危機)の小タイトル「К НОВОМУ ТАНКУ」(新しい戦車へ)の部分です。7年前のWEB記事がまだ閲覧できるという、日本の新聞ではあり得ない親切さです。
しかしロシア軍は、ようやく得ようとしていた新戦車T-95を諦める事になりました。ソビエト連邦の時代に計画された冷戦時代の古いコンセプトの戦車は、今の時代に不適合であるという決断でした。これに対し日本の新戦車TK-Xは、冷戦終結後からかなり経ってから計画された戦車であり、今の時代に相応しいコンセプトの戦車となっています。