週刊オブイェクト

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200年前の軍隊、志願制と徴兵制
(JSF at 10/20 10:55)
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furukatsu氏との議論の纏め。導入部はゲリラ戦からでしたが、実際には当初から実質的に徴兵制と志願制についての話でした。これは以前からfurukatsu氏側が私に対して、「一度話し合ってみたい」と思っていたテーマだったからです。

ゲリラ戦と徴兵制の軍事的、政治的解釈 - furukatsuの軍事

確かに現状の日本の作戦環境下で自衛隊を解散し民兵組織によるゲリラ戦を展開するのは無理無茶無謀である。しかしながら、例えば退職した自衛官や消防団のような組織を中心としてゲリラ的な戦闘を展開しうるような組織を作ることは十分に考えられうるし議論の余地のある考えになるだろう。また、いわゆる正規軍にあっても従来の近代型の官僚組織による軍隊ではなく、分散したゲリラ的な統帥法というのも十分に検討しうるであろう。RMAについての議論から考えても、官僚組織型のトップダウンによる統制は電信、電話による指揮に適合的なのであって、現代のコンピュータとデジタルネットワークにおいてはむしろゲリラ的な統帥法が適合的な場合も考えられるのである。

先ずfurukatsu氏の懸念は、自衛隊の予備役の少なさ、準軍隊組織が存在しない事への不安感(海には沿岸警備隊である海上保安庁があるが)があると思います。実際に他国(志願制軍隊を採用している国でさえ)と比べても日本自衛隊の予備兵力の少なさは際立っており、予算と政治的な事情さえ許せば、この部分を充実させるべきと私も同意します。(ただ、単純に予備役を増やすだけでも予算増が必要といった困難な事情があり、更に民間防衛隊設立となると政治的に議論は当面棚上げにするしかありません。)

そして分散したゲリラ的な統帥法とは何か。正規戦は分散と集合を繰り返し、決戦時にどれだけ兵力を集中できるかで勝負が決まります。これに対しゲリラ戦は決戦そのものを回避します。そうなると基本的に分散襲撃となるわけですが、敵勢力の弱い部分に攻撃を仕掛ける
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